日本は"貿易立国"ではない
1月25日財務省は2011年の貿易統計速報ベース(通関ベース)で、輸出額から輸入額を差し引いた貿易収支が2兆4,927億円の赤字と発表しました。年間の貿易赤字は第二次石危機後の1980年(2兆6129億円の赤字)以来31年ぶりで、赤字幅は80年に次ぐ過去2番目の水準です。
このニュースを受け、日本経済にとってまたもやマイナス要因が出現とばかりに、一斉にメディアは悲観論に偏っています。それに煽られて冷静さを欠くことが日本経済全体にとって一番のリスクですから、こういう時こそ"裏読み"の出番です。貿易赤字の定義や背景を考えてみましょう。
「国際収支」の中身
「貿易収支」はいくつかある「国際収支」のうちの1つです。海外とのモノ・サービス・資金のやりとりを示す「国際収支」は、
「経常収支」(モノ・サービスなどの実質的な取引)
「資本収支」(お金の取引)
「外貨準備増減」(日本国政府としてのお金の取引)
「誤差脱漏」(誤差の調整)
で構成され、1の「経常収支」のなかに「貿易収支」が含まれます。
国際収支の基本的な考え方としては、日本から海外へお金が出ていけばマイナス、入ってくればプラスとなります。
「国際収支」では、「1+2+3+4=0」という関係式が常に成り立っています。これは経常収支で黒字となれば、余剰資金はお金の不足している外国に貸すことになるので資本収支が赤字になる、その結果プラス・マイナスはいつもゼロになると考えるためです。
経常収支の内訳
2011年の確定値がまだ全てが揃っていませんので精度には欠けますが、全体像として、2010年の貿易収支はプラスですが、2011年はこれがマイナスになり、経常収支全体の黒字幅が減っている状況がうかがえます。新聞、テレビなどのマスメディアでは、この部分だけを大々的に取り上げていることになります。
そこで経常収支の内訳をもう少し詳しく見てみましょう。それぞれの項目についてですが、貿易収支は輸出入の数字なのでわかりやすいかと思います。サービス収支のほとんどは日本人による海外旅行です。日本人が海外でお金を使うのでマイナスになります。
大変立派な会社の会長が海外でのカジノの遊興費に会社の資金を巨額流用して大問題になりましたが、彼が国内の歓楽街であのお金を使ってくれたなら、サービス収支のマイナス幅が少なくなり、日本国の経常黒字に貢献してくれたことでしょう。アジアではJ-POPがブームとなって久しいですが、海外の人が日本の曲をダウンロードしてくれればサービス収支はプラスとなります。
経常収支移転ですが、これは日本が行っている資金援助などがあたります。
所得収支で稼ぐ先進国
所得収支は外国から受け取った利子や配当が多かったのでプラスです。これは2010年も2011年も大幅なプラスで変わりませんし、実はこの所得収支の黒字こそが、経常黒字全体に占める割合が最も大きいのがわかるかと思います。
経済が成熟した結果、貿易よりも所得収支で黒字を稼ぐというのは先進各国でよく見られる現象で、日米英仏独の5か国(G5)は安定的に所得収支の黒字を計上しています。借金大国の米国ですらこの所得収支額だけを見れば大幅プラスで、2010年は日本を上回るほどです。つまり、自分たちは海外から借金をしながらそのお金を海外の投資に回して、所得を増やしているという状況です。
確かに日本もかつては貿易で大幅な黒字を出していたのですが、2000年頃から乖離していた貿易収支と所得収支が収束しはじめ、2005年以降逆転し、今では所得収支が貿易収支を大幅に上回って黒字を生み出しています。
今回、貿易収支が赤字に転じたことで「貿易立国の終焉」などとセンセーショナルに伝えられていますが、所得収支の黒字よりも貿易収支の黒字が上回っていないと貿易立国とは言えないでしょう。その点において、我が国はもうずいぶん前から"貿易立国"ではありません。
貿易収支、所得収支の推移(出典:財務省 国際収支状況)
ちなみに、日本は過去30年間に渡って増やしてきた貿易黒字が溜まり、それを海外に投資した結果2010年末時点での対外純資産(海外に保有する資産-負債)は251.5兆円となりました。第2位の中国の167.7兆円をはるかに凌いでおり、実は2010年だけでなく世界最高水準を19年連続で日本は維持しています。世界一海外に資産を持つ国だからこそ、所得収支が大幅黒字を継続するのも当然です。
国難に遭遇した日本にとって円高はメリット
円高だから輸出が減ったとデメリットばかりがクローズ・アップされていますが、2011年の輸出低迷の主な背景には、(1)東日本大震災の影響で3月から7月は自動車などの生産減があり、その後持ち直したところで、(2)欧州債務危機や、(3)タイの洪水の影響がありました。3つの要因のうち(1)と(3)は一時的要因によるものですから、それが解消されれば再度輸出は伸びていきます。そして実際に急速に回復している状況があります。
また輸入の方は震災の影響で原発が停止され、火力発電のための原油や液化天然ガス(LNG)などの需要が増加しました。これは今後も長期化する要因です。
世界的にエネルギー価格が高騰しているさなか、日本は不幸にも国難に遭遇し、例年よりも化石燃料の輸入が急務となりました。むしろ円高局面であったからこそ安く資源を調達することができこの程度の輸入額の増加であった、貿易赤字額も少なくて済んだというのが正しい姿です。つまり、一時的要因による輸出減でしかも円高であることから、今回の貿易赤字はさほど心配しなくてよい、ということになります。
(1)の急回復は震災直後からの民間部門の努力の賜物です。それがなければ貿易赤字はもっと増えていたはずですから、悪い面ばかりではなくこうした日本の持つ経済的な底力や円高の良い面も話題として取り上げるべきだと思います。
執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)
金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。