テレビ解説者の木村隆志が、先週注目した“贔屓”のテレビ番組を紹介する「週刊テレ贔屓(びいき)」。第229回は、18日に放送されたNHK『レギュラー番組への道「マエストロたちの晩餐会 江戸前鮨の職人たち」』(23:30~)をピックアップする。
『レギュラー番組への道』は、2020年春からBSプレミアムで放送されていたNHKの開発番組枠であり、今春から総合テレビの土曜深夜に移動。さっそくBSプレミアム時代から評判だった『明鏡止水 ~武のKAMIWAZA~』『希少誌道』のほか、トガった企画が次々に登場し、「その個性は民放を上回っている」という声もある。
今回のテーマは「マエストロたちの晩餐会」。江戸前の鮨職人3人が集い、プライベートな宴を開いたなら……というテーマだが、まったくどんな内容か読めないところに興味を引かれていた。これまで放送された番組も踏まえて、その可能性を探っていきたい。
■三者三様の鮨マエストロが登場
オープニングは、マグロ、アナゴ、コハダなどの美しい握りが映される中、下記のロングナレーションがスタート。
「鮨。潔くも孤高なる存在。万人に愛されながらも、時に万人を冷たく突き放す和食会のツンデレ女王です。私たちは鮨屋ののれんをくぐるとき、いつだって心がざわめきます。お金は足りるだろうか。箸を使うべきか。うんちくは何を言い、どうしたら通ぶれるのでしょうか。孫子いわく『敵を知り己を知れば百戦危うからず』。要するに『敵のことが全部分かってしまえば負けることはない』ってことですね。敵の親玉と言えば、何てったって鮨屋の大将。ここに今、一流を極めた鮨マエストロが3人も集結し、江戸前鮨の奥義を語り尽くしてくれるというからまさに奇跡です」
ここまで説明されると冗長に感じがちだが、そこはNHKこだわりの映像演出。ドキュメントタッチのカメラワークとカット割り、そして映像の美しさで興味をそそられた。
続いて、江戸前鮨の粋を語る「銀座の鮨仙人」こと青木利勝(57歳)、江戸前鮨の美学を語る「握りの武芸者」こと杉田孝明(48歳)、江戸前鮨の今を語る「巻物番長」こと尾崎淳(45歳)の順で紹介。その包丁さばきと握りの所作は、マエストロと呼ぶ説得力十分だった。
そこに、「日本と鮨をこよなく愛するアメリカ人」として、MC役のモーリー・ロバートソンが登場。さらに、「3人のマエストロが秘められた奥義を語り尽くす。好きな酒と自慢の料理で互いをもてなし合えば、なめらかとなった舌のおかげでついしゃべりすぎてしまうことも。『マエストロたちの晩餐会 江戸前鮨の職人たち』」というタイトルコールで本編が始まった。
NHKらしいプロフェッショナルにフィーチャーした企画だが、どこかエンタメ性を感じさせるのは、3人のキャラクターが明らかに異なり、バトルのムードがほのかに漂っていたからか。
最初のテーマは、「第一章 旨い鮨の基準」。銀座の青木は「心から満足できる鮨」、日本橋の杉田は「職人の意思がわかる鮨」、六本木の尾崎は「居心地の良い鮨」と三者三様であり、この先のトークにつながっていく。
■「おまかせ」でイラッときた理由
尾崎からのおもてなしとして、「とうもろこしと生クリームの嶺岡豆腐」「スルメイカの肝バター焼き」「レモンサワー」が提供された上で、最初のトークテーマ・舎利(シャリ)が始まった。水や器具などについてトークしたあと、マエストロたちの炊き方を映像で披露。鮨業界の関係者はもちろん、鮨職人を目指している人や子どもたちにとっても、参考になるものだったのではないか。
続いて、話題は小鰭(コハダ)と穴子(アナゴ)の仕込みへ。とりわけアナゴの「ヌル」と呼ばれるぬめりの処理は、青木が「そのまま」、尾崎が「さばく前に落とす」、杉田が「さばいてから落とす」と、三者三様だった。
杉田が「葱とごま油の納豆オムレツ」「牡蠣の味噌漬け」「ハイボール」でおもてなししたあと、テーマは「第二章 鮨職人と経営」へ。その割合を尾崎は「経営者8:2鮨職人」、青木は「経営者5:5鮨職人」、杉田は「経営者0:10鮨職人」と語り、にわかに一触即発のムードが漂う。
ここで杉田が「自分はとにかく人を喜ばせたいんですよ。そこにすべて貫かれている」「スタッフではなく、弟子だと思っています。私がブレてビジネスだと思ったら、私のところに来る意味がないんです。『私の世界観を貫くことがあなたたちの幸せだ』って信じてますから」と職人としての熱弁を振るった。
尾崎は「杉田さんのように貫いているのは、ほんの一握りですよ。お客さんが着く前に店がつぶれます。これは100%言える」と反発。中立の青木も「それを言えるのはすごいですよ」と驚きを示した。職人か経営者か。制作サイドは、水と油のような両者をあえてキャスティングしたのではないか。
ここで鮨屋の“おまかせ”というシステムを解説。“大将のお勧めだけ”のコースメニューであり、尾崎が「予約の分だけ仕入れてくればいい」というメリットに言及する。しかし、杉田がこの発言に反発。
「おそらくお金の都合ではないような気がするんですよ。温度とか食べごろ、食べる順番によるおいしさの違いとか、『喜んでもらおう』だと思うんですよね。それが結果的に『ロスがなくなっていく』ということになっていく。『ロスが出なくていいよね』って言われると、ちょっとイラっとするんですよね。『そんなことのためにやってるんじゃねえよと』」とまくし立てた。
これを聞いた尾崎が思わず酒に手を伸ばすなど、こちらもイラっとしていたのは間違いなかった。