便利か、使いづらいか……。東武鉄道のSL「大樹」に使用されている14系客車の座席は、特急列車のような2人掛けクロスシート。座席は回転するから、向かい合わせにして4人掛けのボックス席としても使える。もちろんシートはリクライニング機構付き。肘掛けのスイッチを操作すると、背もたれが倒れ、座面が少し前に出て、楽な姿勢になる。姿勢を正そうとするとリクライニングが自動的に解除され、背もたれは元の角度になり、座面も後退する。スイッチを操作して元に戻す手間はいらない。

SL「大樹」に使用される14系客車の車内(2017年5月の報道公開にて撮影)

こう書くと「なんて便利なシステムだろう」と思うだろう。たとえば飛行機に乗ったとき、機内でリクライニングシートを倒しても、着陸態勢に入るときは元の位置に戻さなければならない。眠っていればアテンダントさんに起こされてしまう。列車でも、降りるときはリクライニングを元に戻すというマナーがある。しかしSL「大樹」の背もたれは自動で戻る。席を立つどころか、体を起こすだけでリクライニングは元の位置だ。

じつはこれ、最新の機構ではない。「簡易リクライニングシート」といって、国鉄時代の初期の特急用車両などで使われていた。しかも当時は不評だった。なぜ不評だったか。それはSL「大樹」に乗って体験してみればわかる。

背もたれを倒して楽な姿勢になりたいときは、肘掛けの下側のスイッチを操作し、背中で背もたれを押していく。ここまでは一般的なリクライニングシートと同じ。しかし、ちょっと気を抜いて背中の力を抜いてしまうと、元に戻ろうとする力が働く。「バタン!」と大きな音がして、リクライニングが解除されてしまう。テーブルの飲み物を取ろうとして、少し体を起こしただけで「バタン!」と戻る。体の向きをわずかに変えようとするだけで「バタン!」である。

しかも角度が1段階しかない。「自動的に戻って便利」というより、「どうして倒れたまま固定されないんだ」と思うはず。壊れていると勘違いする人もいるかもしれない。でも安心してほしい。これが正しい動作である。

東武鉄道の特急車両「スペーシア」「リバティ」からSL「大樹」に乗り換えると、簡易リクライニングシートは不便に感じてしまう。なぜ東武鉄道はこんな座席を用意したか。じつは、これこそが東武鉄道のコンセプト。「近代化産業遺産の保存と活用」のひとつだ。蒸気機関車C11形だけでなく、14系客車も当時のままの仕様で残した。したがって、最新のリクライニングシートではなく、当時は不評だった簡易リクライニングシート、通称「バッタンシート」をあえて採用している。さすがに座面や背もたれの生地は新たに張り替えたとのこと。

簡易リクライニングシートの登場は1972年。国鉄の特急形電車の普通座席に採用された。それまで特急車両の普通座席はリクライニングしなかった。リクライニングシートはグリーン車だけ。もちろん傾きを維持できるタイプだった。新幹線の普通車でさえ、背もたれは傾かなかった。当時の0系は転換式クロスシートといって、背もたれだけをスライドさせて向きを変える機構を採用していた。

長距離列車で移動するとき、リクライニングしない普通座席は苦痛だった。その普通車のサービスを向上するためにリクライニング機構の採用に踏み切った。ただし、普通車は定員を増やすため、前後の座席の間隔を広く取れない。そこでリクライニング角度は1段階とした。リクライニングのストッパーも省略。座席を回転するペダル機構も省略し、背もたれ全体をお辞儀するように前に倒すと座席を回転できる仕掛けとなった。

後年、不評だった「バッタンシート」を解消するため、リクライニング機構にストッパーを付けた座席も登場した。しかし、普通車全体のサービス改善のため、座席間隔の拡大と合わせるように無段階リクライニングシートが普及し、簡易リクライニングシートは廃止されていった。

若い人だと、SL「大樹」の簡易リクライニングシートに困惑するかもしれない。年配の方なら「おっ、これこれ、こうだったなあ。元のままなんだなあ」とニヤニヤするはず。国鉄時代を知り、当時は苦言を呈したであろう人々にとって、いまとなっては懐かしい座席である。ただし、懐かしい、おもしろいからといって、むやみにバッタンバッタンさせると本当に壊れてしまう。国鉄時代をしのぶ貴重な車両だ。大切に扱おう。