この連載では、2020年の東京、これからの都市と生活についての記事を「PLANETSチャンネル」から抜粋してご紹介しています。"東京2020"がテーマの文化批評誌『PLANETS vol.9』(編集長: 宇野常寛)は今冬発売予定。

街中を使った聖火リレーに、いろんな場所で競技の生中継……。チームラボ/猪子寿之氏が考える「リアル参加型オリンピック」の姿を聞いたインタビューです。【聞き手: 中川大地/構成: 中野慧】

猪子寿之(いのこ・としゆき) 1977年生。チームラボ代表。チームラボはエンジニア、デザイナー、建築家、CGアニメーター、数学者など様々なスペシャリストから構成されるウルトラテクノロジスト集団。テクノロジー・アート・デザインの境界線を曖昧にしながら、WEBからインスタレーション、ビデオアート、ロボットなど、メディアを超えて活動中。2014年2月~3月にかけて、国内初の大規模な展覧会「チームラボと佐賀 巡る! 巡り巡って巡る展」を佐賀県にて開催。

開会式演出をどう考える? ――北京五輪は「舞台型」、ロンドン五輪は「映画型」

――2020年の東京五輪に向けて、北京五輪やロンドン五輪を超えるようなものとして、開会式や中継のやり方について今チームラボがどんなことを考えているかを教えてください。

猪子 今までのオリンピックって、あくまでも「鑑賞」するものだったと思うのね。競技場で鑑賞したり、テレビを通して鑑賞するものだった。でもインターネットの時代では当事者になったり参加したりということが主流になってきていて、そして今度はネットの中の色んなものが外に出始めて、「体感型」になってきている気がしている。だからオリンピックも「鑑賞型」から「参加して体感する」ようなスタイルのコンテンツに変わっていけば、東京を皮切りに世界のモデルになって世界中の人たちが喜んでくれるんじゃないかな。

オープニング(開会式)については、北京もロンドンも映画監督がやったから、東京五輪も「どの映画監督がいいか」という話になっているんだけど、北京とロンドンって実はぜんぜん違うと思ってるんだよね。

北京の開会式はいわば「舞台型」の演出をしている。競技場に大きな舞台をつくってそのなかで演出していくというスタイルで、テレビカメラも舞台の観客席で舞台の全体を見ているように、できるだけ観客席と同じような視点で撮っていた。北京五輪の開会式って、ある意味では「舞台型」の最高傑作なんだよね。

一方で、ロンドンオリンピックはぜんぜん違うフォーマットで、あれは完璧に「映画型」のオープニングのような気がしている。どういうふうにあとで編集するか、カメラの位置やどこでカットするかというタイムラインまで完璧に決めているんだよね。

たとえば開会式でパフォーマンスする人が500人ぐらいいたとして、初めから全部「このタイミングでこの人が映る」というカット割りを決めていて、かつ映画ぐらい寄った映像で話を作っている。だから、競技場にいる観客の人たちにはまったく意味がわかんないよね。挙句の果てには、競技場で行なわれていない前撮りのCGカットを、あたかも今行なわれているかのように挟んでいて、大げさにいうと3分の1くらいが前撮りになっている。「オープニングの中継です」って書いているのに(笑)。

――なるほど。スタジオでの収録を見ている感じだったんですね。

猪子 そうそう。初めから「こういう映画にする」というコンセプトがあって、ある部分は前撮りで、残った部分を嵌め込むところまで決まっているんだけど、「一気にいま撮っています」みたいな体裁で出していて、それをすごく確信的にやっている。イギリスって世界中に向けて映画をつくってヒットさせているような国だから、イギリスだからできるのかもしれないよね。で、中国だとある種の「舞台」をつくっていて、中国らしいといえば中国らしい。日本人だって中国雑技団は知っているわけじゃん。

日本はそういう舞台型をやっても、映画型をやっても、世界ではなかなかインパクトは残せないでしょ。だから逆に、時代に合わせて新しい楽しみ方をチャレンジできたらいいなと思っている。

チームラボ猪子寿之が構想する「リアル参加型オリンピック」とは?

――そうすると、観客から見て何をやっているかわからないようなものではなくて、「行った人たちも参加できる」というのがカギになりますよね。

猪子 たとえば聖火リレーでも、いままでだとテレビもしくは現場で、聖火リレーを見るだけだったじゃん。今考えているのは、もちろんいままでどおり聖火リレーはありつつ、街じゅうでみんなが聖火型のデバイスのようなものを持っていて、聖火ランナーが自分の近くを通った瞬間にそのデバイスに火がついて、その火がバーっと移っていく、というもの。自分も聖火ランナーの一部のような体験ができるという。

――競技についても、競技場に行ってただ見るだけではなくて、もっと参加している感覚を高めるために現実の都市空間のなかでやる、というプランを以前お話しされていましたね。

猪子 オリンピックって、70億人いる人類のなかの肉体系トップの人たちが来ているわけじゃん。だって人類のなかの肉体トップだよ!? それってコンテンツとしてハンパないじゃん!!

なのに自分の国が勝ったとか負けたとか、そういうのにフォーカスを当てて、自分の国の選手があんまり活躍しなさそうな競技だと、その国ではテレビ放映されなかったりする。もちろんそれはそれでよくて、否定するつもりは全然ないんだけど、本当はさ、70億のなかの肉体トップの人って「目の前」で見たらハンパなくおもろいと思うんだよね。

たとえば目の前で走り幅跳びとかされたら、幅跳びなのに俺の頭とか越えていくかもしれない。「うわぁぁああぁ!! 人ってこんなに飛ぶんだ!!」みたいになるでしょ。競技場とかで見ても豆粒で、体感的に「2ミリぐらい……飛んだ……?」ぐらいにしか思えないじゃん。テレビで見たとしても、よくわかんないよね。だから「目の前でやったら面白い」と思ってて。

たとえばホログラムで競技ごとにいろんな場所で生中継で走り幅跳びとか100m走をやったら、70億人で一番速い人たちがブワーっと目の前で走ってくれるんだから、単純に勝った負けたではなくて、「人間ってこんなに違うんだ!!!」って感動するでしょ。

「勝った負けた」って大脳的なエクスタシーじゃん? 「俺の国がメダル獲ったぞ、どや!」みたいなさ。そういうのじゃなくて、もっと動物的な、「うわぁぁあぁ~~!!!!!!」みたいな。ていうか、もともとオリンピックの始まりって、自分たちの住む世界で一番の「肉体すごいやつ」を集めたらハンパなく面白かったっていう話だと思うんだよね。

逆にホログラムでやれば、中継が終わったあとも何回でも再生できるわけじゃん。たとえば100メートル走で実際の会場が8レーンなら、ホログラムの会場は9レーンあって、一緒に走れるようにする。で、カメラもスタート位置とかゴールとか、真上とかいろんな場所に設置されてて、「よーい、ドン!」でバーって選手たちと一緒に走っている様子が撮影される。で、その動画を見たら、スタートではオリンピックの選手たちと並んでいるんだけど、走り出したところを上空のカメラから見たら急に一人だけ遅い、みたいな(笑)。1位の人のゴールシーンを正面から撮ったら、一人だけ遅れてて豆粒みたいな感じで映っているすげーカッコイイ写真になってて、それがネットに上がってたりとか、動画で貰えたりとかするわけ。ほら、観光地とか旅行に行ったら記念撮影するじゃん。そこを東京オリンピックでは、「記念撮影じゃないぞ、記念オリンピックして帰るぞ」と。それが動画になってネットに上がったら、その人の周囲の数千人は見るわけじゃん。そういうオリンピックの広がり方もあるよね。

――それは技術的に可能なんですか?

猪子 技術的にはそんなに難しい問題じゃない。技術的にというより、要は「何が何でもやるか、やらないか」という気合いの問題だからね(笑)! 

チケットが買えなくても、「とにかく東京まで辿り着けばおもろい」状況を創り出したい

猪子 今度の東京オリンピックって、せっかく世界中の人に東京に来てもらう機会なわけでしょ。人ってさ、ある場所に一回行くと好きな部分がいっぱい見えたりするじゃん。だからたくさんの人に来てもらえたらいいんだけど、でも競技場のチケットの数が観光客の上限になっちゃうよね。

もちろん今までどおりチケットを買える人は競技場で見ればいいんだけど、チケットを買えない人も、オリンピック期間中にとにかく東京まで辿り着けば、街中でバンバンやってるからめちゃくちゃおもろい、みたいな状況にしたい。

それに地方各県は、せっかくオリンピックで東京に来てくれたんだから、自分たちのところにも来て欲しいと思ってるでしょ。で、ホログラムの特性として、たとえば100m走と走り高跳びだったら必要になるメディアのサイズが違うから、一競技場に一メディアがどうしても限界だと思うんだよね。そうしたら場合によっては、たとえば「棒高跳びのホログラムはもう東京につくれないから佐賀につくるよ」とか、そういうかたちで地方に持ってこれるかもしれない。オリンピックが終わったあとも、しばらくやっていれば「棒高跳び体験しに行こうよ!」って言って地方に行って、飛んでみるんだけど、「あっ……」って、バーすら関係ないみたいなさ。そういうの面白いよね(笑)。

体感するオリンピックでは、「めちゃくちゃ負ける」のが面白い!

――なるほど。そうしたらたとえば、いまゲームセンターが死に体になっているなかで、オリンピック期間中にゲームセンター再生計画として体感ゲーム装置のようなかたちで実際にオリンピックでやっている人たちと一緒に走れる、というのも面白くないですか?

猪子 ただ、ゲームと少し違うと思っているのは、「勝った負けた」とかよりも、一緒に走れていること自体が面白いと思ってて。で、結局、めちゃくちゃ負けたほうがおもろいんですよ。ハンデとかつけてギリギリ勝てるか勝てないかとかよりも、一応本気で走るんだけど実際に走って自分の体を通してめちゃくちゃ負けて、「やっぱあいつらすげー……!」って体感するほうがおもろいんすよ。で、走り終わったあと、NHK生中継ぐらいの本気のカメラカットのめちゃくちゃかっこいい映像で、「めちゃくちゃ負けてる」映像をもらえるのがいいんじゃないかな。だから、記念撮影じゃなくて「記念オリンピック」なのよ。

――「記念オリンピック」という言葉は猪子さんの出演したWOWOWの番組(※2013年末放送の「The Evangelist プレゼンター チャンピオンシップ #6 2020年東京五輪をもっと面白くするには?」のこと)でも出てきていましたけど、そういう意味だったんですね。

猪子 あ、WOWOWでは時間が足りなくて切っちゃうという、悪い終わり方してるんだよね(笑)。「続きは7年後に」っていう……。まあ、要は残尿感だよね。残尿感ってハンパなくて、みんな絶対トイレって行きたくないじゃん。でも残尿感があるときだけ、あんなに行きたくないトイレに10秒後にまた行きたくなるっていう、すごいパワーだから、残尿感ってすごい好きなんだよね。

――じゃあ、今回のキーワードは残尿感……。

猪子 いやいや(笑)、それはWOWOWの番組でのプレゼンのやり方の話で、オリンピックの話じゃないからね(笑)。

――あ、そうでしたね(笑)。チームラボのオリンピック案、楽しみになってきました! 今日はありがとうございました。(了)