テレワーク元年とも言われている2020年。新型コロナウイルス感染拡大の影響により、図らずも多くの企業で制度の導入が進んでいます。そこでこの連載では、テレワーク生活を送っている一会社員にインタビュー。テレワークを活用したさまざまな働き方を紹介していきます。

今回登場していただくのは、日建設計の新領域を担当するNAD(NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab)で建築・空間・場のデザインを手掛ける梅中美緒さんです。梅中さんは会社員でありながら、2018年3月から2020年2月までの約2年間、世界53カ国を旅しながら働いていました。その働き方は、世の中がテレワーク一色になる前から、すでに「世界中でテレワーク」していたとも言えそうです。

世界を旅しながらどうやって会社員として働いていたのか、そしてコロナ禍の現在はどのように働いているのか、お話を聞きました。

  • 梅中美緒さん(38)/株式会社日建設計 NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab(NAD)アソシエイト。2008年日建設計入社後、設計部門に在籍。音楽大学キャンパスや各企業の研修施設などを担当。2016年よりNAD室に在籍し、三井不動産「WORKSTYLING」プロジェクトの空間ディレクターをはじめ、多くのワークスタイルデザインを手掛ける

サラリーマンだけど、世界中を旅しながら働けた理由

――2020年2月までの約2年間、サラリーマンとして働きながら世界中を旅していた梅中さん。どうやって、そのような働き方を実現させていたのでしょうか。当時を振り返ってもらいました。

「私には、学生時代から『死ぬまでに世界中の景色をみたい』という目標があって、バックパッカーを続けています。会社員として働き始めてからも、長期休暇のたびに海外旅行に行っているのですが、10年間で30カ国しか行けなかった。このペースでは、どんなに頑張っても、世界の約200カ国を回りきれないと気づいた時、死ぬまでにこの目標を達成できないのではないかと、焦りを感じました」。

  • 2018年8月、梅中さんがウズベキスタン・ヒヴァの宿泊先で日本と接続してオンライン会議をしているところ(梅中さんのnoteより引用)。海外の都市部では、Wi-Fiが飛んでいることが多いので、オンラインでの仕事における支障は少なかったとか。電波がない場所へ出掛けるときは、オフラインでできる仕事を固められるよう、綿密にスケジュールを組んでいたそうです

「そんな中、上司との評価面談があって『半年くらい会社を休んで南米に行きたい』と何気なく言ったら、『それなら、自分の研究業務としてやれば?』と言われたんです。ちょうどその頃、私が所属しているアクティビティデザインやR&D(Research and Deveropment)を担うチームで、『一人ひとりが、通常業務以外に研究テーマを持っていこう』と話している時だったので、私は『旅しながら働くこと』を研究しようと決めて、夢中で企画書を書き上げました」。

  • 梅中さんが作成した企画書の一部。2017年に作成したものだが訪れた国を反映し2019年12月に更新されている(梅中さんのnoteより引用)

「当時から三井不動産の法人向けシェアオフィス『ワークスタイリング』の空間ディレクションを担当しており、自ら多拠点で働くことを実践してみたいという思いもありました。また、ニーズの拡大に応じてかなりのスピードで拠点を増やすタイミングだったので、新しいアイデアを生み出し、価値向上に資するための視察として旅に取り組みました」。

足を動かして初めて「インスピレーション」がわく

  • 左上から時計回りでトルコ、ヨルダン、アメリカ・ポートランド、ナミビアで働く梅中さん

――そして始まったワーケーションの日々。働く中で感じた一番のメリットは、仕事のアイデアにつながる「インスピレーションがわくこと」だと梅中さんは話します。

「私はデザインを考えるとき、実際に行ってみて、観察して、体験することを大切にしています。誰がその空間でどこに座っているか、どうやって過ごしているか、データに表れない空気をつかまないと、体に入らないし、手が動きません。入社当時、音楽大学のキャンパスづくりを担当していた時は、日本中の音大を訪問して、空調システムをみたり、構造を調べたりしました。デスクに座っているだけでは思いつかないけれど、いつもと違う場所に行って実際に体験すると、パッとひらめくんです」。

  • いつでもどこでもひらめきを記録するためのペン。荷物になるけれど、いつも持ち歩いているそうです

「例えば私たちのチームがデザインを担当した『ワークスタイリング 六本木一丁目』は"ゲーム"をテーマに空間を作っているのですが、私がボスニア・ヘルツェゴビナの屋外広場で見た、路上でチェスをする人たちの様子からヒントをもらいました。旅をしながら働くことで、仕事に還元できることも多いと感じています」。

  • 2019年9月ボスニアヘルツェゴビナ・サラエボの広場で撮影したもの。路上で市民がどこからともなく群がってきて、チェスをしている様子から着想を得たアイデアは、日本でのワークスペース作りにも生かされている(梅中さんのnoteより引用)

  • 『ワークスタイリング 六本木一丁目』は旅先のアイデアがヒントになって作られた空間の一例(撮影: 鈴木渉)

急なトラブルに駆け付けられないからこそ、準備は入念に行う

――世界中を旅していると、日本では想定できないようなトラブルに見舞われることもあったそう。

「牛が道をふさいでバスが発車できないなど、想定外のトラブルが起きたこともあります。そういう時には、オフラインでできる作業を行うなどして、うまくスケジューリングしていました」。

――臨機応変に対応するとともに、自分に想定外の出来事が起こってもプロジェクトが円滑に進むよう、入念な準備を欠かさなかったと言います。

「建物の竣工やオープンの予定はあらかじめ決まっているので、半年前くらいから業務に支障のない期間を見越して、海外へ行く予定を入れるようにしていました。チームの共有カレンダーにも、大まかに自分のスケジュールを入れておいて、『ここは梅中がいない』と把握してもらっています」

「海外に行く以上は、私に急に連絡しなければならないような状況をあらかじめ作らないことが大切だと思っています。もともと、チームのメンバーとコミュニケーションの貯金ができていたのも大きいですが、ワーケーションを始めてから、リスクマネジメントが得意になりましたね」。

――業務に支障が出ないよう綿密にスケジュールを調整する、スケジュールを早い段階でメンバーに共有する、コミュニケーションを密にしてトラブルが起こらないようリスクマネジメントをきちんとする……梅中さんが意識していることは決して特別なことではなく、たとえどこでどんな働き方をしていようと、仕事を進めるうえで大切な観点だと感じます。

旅の舞台は「海外」から「日本」へ

――これまで世界を舞台に、約2年間に及ぶワーケーションをしてきた梅中さんですが、現在は新型コロナウイルスの感染拡大の影響などもあり、日本国内で「旅しながら働く」ことを続けていきたいと考えているそうです。

「私が大事にしているのは『会社員だからこそ、決まりの中で理想の働き方を実現する』ということです。今、会社として勤務場所の選択やワーケーションについて検討を開始しており、今後は、みんながやろうと思ったらできることの範囲内で、新しい働き方を実践・提案していきたいと考えています」。

――新型コロナウイルスの感染拡大後、リモートワークや地方移住を実践する人が増えている中で、サテライトオフィスを使う人、オフィスの適切な場所や空間の在り方はどのように変わっていくのか……コロナ禍で働く人たちを見て感じた変化も、既に空間づくりに生かしているのだとか。

「これからは、『個』で働く時代がやってくると思っています。海外では、基本的に1つのプロジェクトに対してチームの人数が少ないですが、日本はチームの単位が大きく、チームで動く働き方がほとんどでした。でも、コロナの影響で集団ではなく、オンラインでつながりながらも、リアルでは1人で動くことが増えてきて、働き方は随分変わったと感じています」。

「それを踏まえて、12月にはワークスタイリングの新しいシェアオフィス『ワークスタイリング SOLO(ソロ)』もリリースされました。郊外エリアを中心に自宅近くで働ける拠点です。全ての席が、WEB会議対応の1人用個室になっていて、これからの『個』での働き方に合わせた空間となっています」。

  • 「ワークスタイリングSOLO」はWEB会議対応の1人用個室であることが特徴。『個』での働き方に合わせた空間となっている(撮影: 鈴木渉)

――ワークとライフが溶けあう形で、日々自分らしい働き方・生き方を模索されている梅中さん。最後に、これからの働き方、将来的の展望について聞いてみました。

「今は日本国内で、自分が将来住むところを探しています。これまで行った中では、和歌山県と千葉県の木更津がいいなと思っていますね。どちらも、国際空港が近いんですよ、すぐに海外へ出られるので」。

――やっぱり最後の最後まで、海外に熱視線を向ける梅中さんの姿が印象的でした。

構成: 高村由佳
取材: 横山茉紀