本連載の第114回では「組織の業務改善の失敗を招く3つの要因とは」と題し、組織的な業務改善の際に気を付けておくべきことについてお話をしました。今回も前回同様に組織的な業務改善に着目しつつ、最近流行りのDX(デジタルトランスフォーメーション)について、よくある落とし穴についてお伝えします。
昨年あたりからDXという言葉をよく聞くようになりました。その意味は知らないという方でも、なんとなく言葉を耳にしたことがあるという人もいるでしょう。そもそもDXとは何かということですが、情報処理推進機構(IPA)では以下のように定義していています。
「AIやIoTなどの先端的なデジタル技術の活用を通じて、デジタル化が進む 高度な将来市場においても新たな付加価値を生み出せるよう従来のビジネスや組織を変革すること」
「先端的なデジタル技術」や「デジタル化が進む高度な将来市場」、「新たな付加価値」などは解釈の余地が残りますが、新しいテクノロジーが生まれ、社会に浸透するスピードが早いために敢えて抽象的な表現にしているのではないかと思います。
そのためか、DXに対する企業側の認識にはかなりの差があるようです。5Gやブロックチェーン、AIや量子コンピューター、ドローンなどの技術を用いて業界の常識を根底から覆すような取り組みを仕掛けることをDXと呼ぶ企業もあれば、単に紙の資料を電子化することをDXと呼んでいる企業もあるようです。
こうした解釈の良し悪しは別として、DXという言葉に踊らされているのではないかと思う企業があるのもまた事実です。
「世間でDXが進んでいる中で、遅れを取るわけにはいかない。我が社でもDXを推進するぞ!」
このように意気込んで部下にDXの推進を指示する経営者の話を耳にすることは少なくありません。もちろんその姿勢に異論はありませんが、これには2つの疑問を持たざるを得ません。
DXをどう理解しているか?
まずはそもそも、部下に指示を出す経営者本人がDXをどのように理解しているかをきちんと示す必要があります。仮に「自分にはよくわからないけれど、とにかく色々とデジタル化することではないか」などという曖昧な理解に留まっているのであれば、指示を出される部下としては溜まったものではないでしょう。
「本社ならびに支社支店の業務のデジタル化を進める。そのために紙を使った資料を徹底的に洗い出して、1年以内に全てなくすことを前提に業務とツールの見直しを図ってほしい。」
これをDXと呼ぶことの良し悪しは別として、経営者は少なくともこれくらい明確なメッセージを出すべきでしょう。単にDXという抽象的な表現を使うのではなく、ある程度具体的なレベルまで落としこんで伝えなければ、部下の間でDXについての理解をすり合わせるところから対応せねばならない上に、経営者の考えとズレたまま取り組みが進んでしまう恐れもあります。
DXによって何を実現しようとしているか?
経営者がDXをどう捉えているか、と共に重要なのはDXによって何を実現したいと考えているか、ということです。単に「我が社でもDXを!」というだけではDXを目的化しているとしか思えません。
仮に先ほどの例のように、経営者が「紙の資料を全てなくすためにデジタル化する」ことをDXと捉えていたとしても、ではそれによって何を達成したいのかが分からないままでは思わぬ落とし穴にはまる恐れがあります。
この例では「紙1枚の印刷につき10円を当該部署の費用負担とする」とか「プリンターの使用を許可制にする」などの施策を実行するところが出てくるかもしれませんが、印刷枚数のカウントや申請・承認作業に手間や時間がかかることで業務効率が落ちてしまうかもしれません。
恐らく指示を出す経営者としては「紙をなくすことで業務の生産性を上げたい」などと考えているはずですが、これでは却って逆効果になってしまいます。それならばしっかり、生産性を上げるための手段として紙資料のデジタル化を目指す旨、伝えるべきでしょう。
「AIを用いて顧客の購買データを収集・集計・分析し、リアルタイムでの商品発注・配送・店頭陳列に至るサプライチェーン(供給網)を構築する。それによって店頭在庫を適正化し、品切れを恐れて多めに発注することによる商品廃棄ロスの3割削減を目指す」
これはあくまでも例ですが、経営者にはDXによって何を実現したいのかを意識して、最低限これくらい明瞭な目的を伝えて頂きたいと思います。
DXという言葉に踊らされないように、DXに取り組む際には「DXをどう捉えるのか」、「DXによって何を目指すのか」という2点をしっかりと考えましょう。