本連載の第110回)では「面倒な会議の手間を減らす4つのポイント」と題し、会議に関する手間を減らす方法についてお話しました。今回は人を説得しようとする際に正論が通じない場合の対処法をお伝えします。

「なぜ分かってもらえないんだ」

ビジネスでは、必ずしも乗り気でない相手を説得して動いてもらわなければならないシーンがよくあります。営業担当者は顧客に自社の商品やサービスを導入するメリットを訴えて購入の決断を下してもらわなければなりません。人事担当者は優秀な学生の内定辞退を防ぐためにあの手この手で引き止めなければなりません。経理担当は何か月分も請求書を溜めて一度に提出する社員に行動を変えてもらうように説得しなければなりません。

上記はほんの一例ですが、人を説得しなければならないシーンは山ほどあるでしょう。その一方で、そうした説得が100%思い通りに行くケースは稀ではないでしょうか。特に論理的には反論の余地もないほど明らかに正しいはずなのに、どういうわけか相手に受け入れてもらえないという経験をされた方もいるでしょう。

その謎を解くカギは著名なコンサルタントであるサイモン・シネック氏の著書『Whyから始めよ!インスパイア型リーダーはここが違う』日本経済出版社に記されています。この本によると、「人が意思決定する際には感情が重要な役割を果たす」とのことです。そして、感情を動かすにはWhatやHowではなくWhyを語ることが必要であるとも述べられています。このことは人を説得するときの方法を考える上で重要な示唆を与えてくれます。

では、これを家電量販店のハードディスクレコーダー売り場の店員Aさんと店員Bさんの接客シーンで考えてみましょう。

Aさん「この商品は4テラバイトの大容量があります。しかも一度に3つの番組まで同時録画も可能。さらにブルーレイに番組をダビングする機能も付いています。これだけの高機能でなんと2万5千円、いかがでしょうか。」

Bさん「こちらのメーカーは人々の自由な時間を創ることを目指しています。そして、本来人々が求めていない煩わしい作業をなくすことで自由な時間の創出をお手伝いしています。こちらの商品は4テラバイトの大容量です。それによって容量不足のために録画する番組を絞ったり、番組のデータを削除したりする手間から解放されます。また、3番組同時録画が可能なので、同時に放送される番組のどれを選ぶかといった悩ましい判断も必要なくなります。価格は2万5千円。これまで苦痛でしかなかった煩わしい作業や判断から自由になりませんか。」

これはどちらも同じレコーダーを売るときの接客シーンですが、印象は大分異なるかと思います。Aさんは商品の機能、つまりWhatの説明に終始している一方で、Bさんはその商品を売る理由、つまりWhyから話し、そこからHow、Whatへと続けています。

もし、Bさんから接客を受けた顧客にWhyに共感してもらうことができて、そこからHowとWhatへの繋がりにも引っかかりを感じることがなければきっと商品を購入してもらえるのではないでしょうか。

一方のAさんの場合にはWhat、つまり商品の機能面の話しかしていないので、接客を受けた客は「では他のメーカーと比べてどうなのか」と機能面と価格面で慎重に比較検討することになるでしょう。他社と比べて機能面と価格面で圧倒的な差別化ができていなければ、すぐには購入を決断してもらえないでしょう。

また、人の意思決定には感情面が大事という話は他のアプローチでも応用できます。例えばあなたが大嫌いな人から、全く気の進まない面倒な仕事を頼まれたらどうでしょうか。相手が上司であれば渋々従うしかありませんが、自分と直接的な利害関係のない人からの依頼なら、やんわりと断るのではないでしょうか。

ではその反対に、あなたが大好きな人から同じような仕事を頼まれたらどうでしょうか。きっと少しは「面倒だな」と思うかもしれませんが、その人のためならやってあげようという気になるのではないでしょうか。全く同じ仕事でも、相手のことが好きか嫌いかでスタンスが180度変わってしまうということです。そしてこれは内容が正論かどうかとは関係ありません。たとえ多少理不尽なことでも感情が「OK」を出したために受け入れたということです。

ビジネスかプライベートかを問わず、相手に正論が通じないという時には相手の反論にまともに取り合っても効果を発揮しないということはよくあります。そういうときこそ、Whyから訴求したり、相手からの信頼や好感を得るという感情面のアプローチを試してみてはいかがでしょうか。