いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。
今回は、高尾のそば店「玉川亭」をご紹介。
小旅行気分で訪ねてみたら……
立派な駅舎で有名な高尾駅北口には、昔から営業している「玉川亭」というおそば屋さんがあります。存在自体は前から知っていたけれど、入ったことはなかったので気になっていたんですよね。
そこで、冷たいそばを食べたい気分だった暑い月曜日、ふらっと中央線の高尾行きに乗ったのでした。せっかくだから行ってみようと思い立って。
「冷たいそばなら近所で食べればいいだろう」と思われるかもしれませんし、たしかにそのとおりではあります。でも実は、それ意外にも目的があったのです。早い話が、中央線の"奥のほう"に行きたかったわけ。
僕は昔から、"中央線を西に下る"という行為自体が好きで、なんだかそれだけでワクワクしちゃう幼稚な人間なんですよ。つまりこの日も、そばが目当てというより、そっちに期待していたのかもしれません。
ともあれ外の景色をぼーっと眺めていたら、40分弱で高尾に到着です。
高尾といえば高尾山が有名ですが、月曜午後の駅前は当然ながら人もまばら。そもそも高尾山に登る人は、京王線の高尾山口駅を利用しますしね。それにお昼時を過ぎていたし、ゆっくりおそばをいただけそうです。
ちなみに駅舎の向かいには、古いおそば屋さんがもう一軒あるのですが、こちらは営業していないようでした。
お目当ての玉川亭は、駅前ロータリーを出てすぐ右側。淡い黄色をした3階建ての建物の1階です。建物の正面に「玉」「川」「亭」と大きく表示されてもいるので、迷うほうが難しいというくらいの好立地。
御宴会・商談・法事に
お二階をご利用下さい。
さしみ・うなぎ・とろろ・山菜・各種定食
と書かれていたのであろう看板は、半分くらいが塗りつぶされており、
利用下さい。
・とろろ・山菜・各種定食
とシンプルになっています。そのあたりは、時代の流れというべきなのでしょうね。けれど、そもそも高尾名物のとろろそばが目当てだった僕にはまったく問題なしです。
店内には、4人がけのテーブルが4卓と、窓際の2人用席がひとつ。テレビのニュース番組がかかっています。
驚かされたのは、各テーブルをはじめ、店内にコロナ対策のビニールシートがびっしりと張りめぐらされていたこと。よく見れば壁側のつくりつけの椅子も使用不可になっており、席数もかなり減らしているようです。
ビニールシートの存在感がすごいので、なんだか宇宙船の中にでも入ってしまったかのような気分。でも、たしかにこれなら感染防止効果はバッチリですね。
窓の隙間から駅前が見える窓際席に座ると、お水を持ってきてくださったお姉さんから「登山ですか?」と声をかけられました。
「いや、ここにおそばを食べに来たんです」と返事をすると少し驚いたような表情をされましたが、そりゃまーそうだろうな。そんなやつ、あんまりいないだろうしな。
ともあれ、「つけとろ山菜そば」を注文です。
店内には、離れた場所でこちらに背を向け、静かにそばをすする男性の単独客がふたり。窓の外にも人の姿は見えないし、この町は日が暮れるまでこのまんまなんだろうなという印象。平日の観光地って、こんな感じなんでしょうね。
そう、ここは観光地なんですよ。だから正直なところ、そばの味にはさほど期待していたわけでもなかったのです。味をとやかくいうよりも、雰囲気を楽しめればいいやと思っていたから。
しかし、だからこそ驚いたのも事実。なぜって、ほどなく運ばれてきたつけとろ山菜そばが、予想以上においしかったから。早い話、「観光地のそば」というレベルは超えていたのです。
シャキッと締まったそばにはしっかりコシがあり、喉ごしも滑らか。とろろと山菜がたっぷり入ったつゆとの相性も抜群で、とても満足できたのでした。
先に触れたとおり、もともとは軽い小旅行気分だっただけに、なおさらうれしくなっちゃったな。これを食べるためだけの小旅行なら、今後も継続したっていいかもしれない。
●玉川亭
住所:東京都八王子市高尾町1585
営業時間11:00~19:00
定休日:不定休