いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。今回は、西荻窪のそば屋「太文」です。

  • 街のそば屋「太文」(西荻窪)


コロナに負けないそば屋がここに

西荻窪駅の北口から、北銀座通りをひたすら直進。10分以上はかかると思われますが、あと少しで青梅街道にぶつかろうかというあたりの右側に、太文という名の渋いおそば屋さんがあります。

と知ったようなことを書いてはいるのですが、実はその存在を知ったのはつい最近のこと。逆にいえば、この道を通る機会は少なくないにもかかわらず、これまで気づかなかったのです。周囲に溶け込んでいるからなのか、そういうお店ってありますよね。

  • 「新型コロナに負けるな"カツ"」の強いメッセージ性

しかし一度知ってしまうと、以後はこのお店のことが気になって仕方がなくなったのです。なぜって「本日の定食」のお知らせをはじめ、「新型コロナに負けるな!!(下のほうに"カツ"という謎の文字も)」という熱いメッセージなど、几帳面に描かれたポスター類がすごい存在感を放っているからです。

  • 出前も安心

「新型コロナに負けるな」に至っては3カ所くらいに書かれているので、とにかくポジティブな印象。だからある平日のお昼ごろ、カラカラと引き戸を開けてみたのでした。

入って右側にテーブル席が3つ、そして左側には小上がりの席も。以前ご紹介した高円寺の「更科」と似たつくりですね。というより、正統的なおそば屋さんのスタイルであるともいえそうです。

  • 正統的なおそば屋さんの雰囲気

そして店内にも、手書きメニューの短冊がズラリ。読みやすく、書いた方の人柄が伝わってくるようですね。

「板わさ」「やきとり」「ウインナーチョリソ」など、酒のつまみも充実しているし、棚には焼酎のキープボトルも並んでいるので、夜には飲み屋として利用している常連客も多いのでしょう。

  • 読みやすい手書きメニューの短冊

と思いながらあちこちを見回していたら、サイン色紙が並ぶ天井近くに「気分は居酒屋」なんていう文字も。なかなかシャレが効いているというか、好感の持てるお店です。

  • サイン色紙の横に「気分は居酒屋」の文字が

で、お水を持ってきてくださった70代くらいの店主さんに、「天丼定食 手打ちそば付セット」を注文しました。どうしてこれにしたのかって? 表の手書きポスターを見て、気になったからに決まってるじゃないですか。

店内にお客さんはおらず、テレビのニュース番組がアメリカ大統領選のことを伝えています。そこに天ぷらを揚げる音が被さり、おのずと期待感が高まります。

そんなタイミングで男性のお客さんが入ってきて、今度は奥様が対応。テーブルひとつ分を隔てた距離から、会話が聞こえてきます。

「おそばとうどん、どっちがおすすめですか?」
「そば屋なのでおそばですけど、うどんも手製です」

ほう、そばだけでなく、うどんも手製なんですか。やはり、きちんとしたお店のようですね。

さて、ほどなく登場した「天丼定食 手打ちそば付セット」は、予想以上にしっかりとしておりました。

  • 天丼定食 手打ちそば付セッ

まずは天丼。天ぷらは、ピーマン、しめじ、舞茸、なす、海老、かぼちゃ、蓮根、にんじんという豪華さ。ご飯に染み込む甘めのタレも絶妙です。

  • 彩り豊かな天丼

おそばは、温かいほうをチョイスしたため麺は柔らかめでしたが、やさしい味わいのつゆとの相性抜群。具にはネギ、たぬき、菜っ葉、そしてナルトが添えられています。

  • おそばはやさしい味

どちらもボリューム感があるのですが、食べ過ぎにならない、ギリギリのところで量的なバランスが保たれているような印象。その証拠に、満足感こそあるものの、胃もたれをするようなことは一切ありませんでした。量も計算されているのかもしれませんね。

帰り際に伺ったら、開店してからもう50年ほど経つのだとか。安心感のあるおいしさ、そして店内の居心地のよさは、時間の経過とともに形づくられてきたということなのでしょう。


●太文
住所:東京都杉並区上荻4-28-6
営業時間:11:00~14:00、17:00~21:00
定休日:水曜