いまなお昭和の雰囲気を残す中央線沿線の穴場スポットを、ご自身も中央線人間である作家・書評家の印南敦史さんがご紹介。喫茶店から食堂まで、沿線ならではの個性的なお店が続々と登場します。

新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が発令され、店舗営業をするお店が限られているため、しばらくはテイクアウト特集。今回は、高円寺の「そば処 藪そば」です。

  • 時代を感じるシブい外観「そば処 藪そば」(高円寺)(写真:マイナビニュース)

    時代を感じるシブい外観「そば処 藪そば」(高円寺)

おそば屋さんで売られていたのはまさかの……

前にご紹介した「コクテイル書房」の隣に、「そば処 藪そば」というお店があることは知っていました。北中通り商店街を自転車で通るとき、いつも見ていましたからね。

なかなかシブい外観なのですが、店名からもわかるとおり、藪そばの親睦団体である「藪睦会」に所属するお店。

ただ、なぜか営業中のイメージがあまりなかったのです。調べてみると中休みなしの通し営業をしているらしいので、おそらく僕の勘違い。つまり、なんとなく見落としてしまっていただけなのでしょう。

ところが、緊急事態宣言発令中の先日は違いました。見慣れたはずのこのお店のことが、ものすごく気になってしまったのです。なぜって通り過ぎようとする瞬間に、"気になりすぎるもの"を発見してしまったから。

店頭に小さなテーブルが出ていて、そこでテイクアウトメニューを販売していたんですよ。この時期ですから、それだけなら珍しくありません。おそば屋さんですから、パックに入ったざるそばでも並んでいるのだろうな。

と思って通りすがりにチラ見したところ、本来そこにあるべきではないものを見つけてしまったのです。

焼きそばパン。

  • まさかの「焼きそばパン」推し

なぜ、「藪睦会」系列のおそば屋さんで焼きそばパンなのか? 一度は通りすぎたのに、なんだか気になってたまりません。そこで、思わずUターンして戻ったのでした。

田舎のおじいちゃんを思い出す店主との掛け合い

よく見ると、「天重セット」「けんちんうどん」「おすすめ!! タケノコご飯」などの表記もあります。しかし、並んでいるのは焼きそばパン(と、小さななにか)のみ。

理解しがたい状況ですけど、これはもう「買え」と言われているようなものじゃないですか。少なくとも、僕にはそう感じられました。そこで意を決したところ、店内から店主とおぼしき80代くらいのおじさんが登場。火のついたタバコを指に挟んでおりますが、この年代の方にヤボな文句は言いますまい。

ともあれ、どうしてそばではなく焼きそばパンなのが知りたくてたまらず、「これ……」と言いかけ……た瞬間に遮られました。

「これ、チーズを乗っけてレンジで温めて食うとうまいんだよ」
「そうなんですか。でも、どうして焼きそ……」
「スライスチーズあるだろ? あれを半分にして縦に並べて温めるんだよ」
「なるほど。でも、おそば屋さんなのに、なんで焼きそばパンなんですか」
「(あまり興味がなさそうに)たまにはこういうのもいいと思ってさ。チーズ乗せて食うとうまいってさ、お客さんが教えてくれたんだよ。だからやってみたらうまかった」
「ほぅ……」

チーズを乗せて食べるといかにおいしいかを、なんとしてでも伝えたい様子。「なぜ、焼きそばパン」なのかなんて、どうでもいい感じです。いや、理屈ではないので究極的にはどうでもいいのですが、潔いくらいにスルーされたので、逆に爽快な気分です。

そもそもおじさんは、さっきから自分の言いたいことしか言っていないのですが、でも決して嫌な感じではありません。それどころか、縁側で田舎のおじいちゃんの話を聞いているような気分になってきて、なんだか妙に落ち着いたくらい。

というわけで、1個200円の焼きそばパンを、家族の分も含めて4個買うことに。「いや、待てよ。買って帰ってもみんな食べるかなぁ?」などと考えていたら、またもやおじさんの言葉の弾丸が発射されました。

手には、焼きそばパンの横にあった「小さななにか」を持っています。「これさ、ふきの煮たのなんだ。うまいんだよ。ちょっと食ってみな」

  • ふきの煮物も強力プッシュ

そう言いながら差し出す一本のふき、遠慮なくいただきました。おー、シンプルな味つけで、春っぽいですねー。

「ああ、おいしいですね」
「だろ? 俺が煮たんだ」
「そうなんですか」

そうだろうなぁと思いながら無難に返事をしたものの、買わないわけにはいかなさそうな"ふきプッシュ"状態。まぁ、おいしかったのは間違いないし、ついでにいただくことにしました。けど、結局は「焼きそばパンの謎」を突き止められたなかったなぁ。

しかしまぁ、こういうユルいお店に対して、面倒なツッコミは不要ですね。今度はお店に入って、お酒とそばでも楽しんでみようかな。

  • まさに正統的な焼きそばパン

なお焼きそばパンの件ですが、「チーズ推し」が強烈だったため、帰りにコンビニで買ったとろけるチーズを乗せて温めていただきました。たしかに、おいしかったです(カロリーやばい)。

  • 言われたとおりにチーズをのせてみました


●そば処 藪そば
住所:東京都杉並区高円寺北3-8-13
営業時間:11:00~20:00ごろ
定休日:火曜

印南敦史

作家、書評家。1962年東京生まれ。音楽ライター、音楽雑誌編集長を経て独立。現在は書評家として月間50本以上の書評を執筆。ベストセラー『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)を筆頭に、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新)ほか著書多数。最新刊は、『書評の仕事』(ワニブックスPLUS新書)。6月8日、「書評執筆本数日本一」に認定。