あと3年ほどで、半世紀に及ぶ歴史を持つことになるスポーツカーの傑作。それがポルシェ911だ。このモデルは1965年の登場から1997年までの30年以上、空冷エンジンを採用していた。いわゆるナロー、SC、3.2カレラ、964、それに993といったモデルたちだ。

ポルシェ911は長きにわたりスポーツカーの代名詞的存在であり続ける

30年以上もフルモデルチェンジが行われなかった

当連載でこれらのモデルを一度に扱うのは、単に空冷エンジンを積んでいたから、というだけではない。じつはこれらのモデル、一度もフルモデルチェンジをしていない「同じクルマ」なのだ。「そんなはずはない。964はフルモデルチェンジで生まれたモデルだ」と言う人がいるかもしれない。あるいは、「993は違うんじゃないか?」「ナローモデルと993では車格からして違うではないか」という人もいるだろう。しかし、である。

フルモデルチェンジされた996が1997年に登場するまで、空冷エンジンはポルシェ911の"トレードマーク"でもあった

たとえば空冷最終モデルである993のダッシュボードを外すと、ボディシェルの金属板の、ダッシュボード中央にあたる部分に楕円形の穴が開いている。これはナロー時代、この部分にラジオのスピーカーをビルトインするための穴がそのまま残されているのだ。

2枚のドアは、その形状がナローも993もまったく同じ。ナローのドアを外して993につけることも不可能ではない。フロントフードは1974年にバンパー形状が大幅に変更されたため、先端の形状が変わったが、その後はずっと同じ。つまり、SCと993のフロントフードは同じ形状で互換性がある。

要するに、ボディが基本的に同じなのだ。

バンパーの変更やフェンダーの形状の違いから車両サイズは違っているが、ボディ全体が大きくなっているわけではない。「993のフロントフードは微妙に形状が違うように見える」と言う人もいるが、パーツの形状は同じ。違うように見えるのは、取り付け角度が違うからだ。993だけはフードの前傾が少なく、水平に近い角度になっている。フロントフェンダーを新設計したのでこのようなデザイン処理が可能になった。

ちなみに、964を開発するとき4WD化が絶対だったのだが、911のボディには前輪を駆動するためのプロペラシャフトを通すスペースがなかった。1965年以前の設計時に4WDなど考慮していないから当然だろう。

ここでポルシェはどうしたかというと、モノコックボディのうちフロアパネルだけを下側に膨らませることで、新たなスペースをつくりだした。その結果、ボディからフロアパネルが異常にはみ出してしまったのだが、巨大なサイドカバーを装着することではみ出した部分を覆い隠した。964や993がナローより大きく見えるのはバンパーやフェンダーが巨大化しているためだが、サイドカバーによって上下方向に大きくなっているせいもある。

古い設計を使い続けたのは「金銭的な理由」から!?

同じなのはボディだけではない。エンジンも、そのクランクケースの基本的な形状は同じまま。2リットルで始まったエンジンを3.6リットルまでボア&ストロークアップしているのだ。クランクケースに関して、さらに言えば、水冷911でもGT2やGT3は同じクランクケースを使用している。もちろん形状や各部寸法が同じという意味であって、強度などは違う別のパーツだが、見た目はほとんど同じだ。

なぜポルシェはこれほどまでに古い設計を使い続けたのか。クランクケースは別にしてボディについて言えば、じつは金銭的な理由が大きい。1970年代の後半、ポルシェは924や928といったFRの水冷モデルを発売し、当時すでに古い設計とみなされていた911は廃止する予定だった。ところが、社運をかけて送り出したFRモデルがどうにも売れない。一方、911は売れ続けたため、ずるずると販売を継続するが、すでに911をフルモデルチェンジするような資金の余裕はなく、改良に改良を重ねて乗り切った。

ホンダNSXの登場で急遽開発されたとされる964でさえ、従来モデルの改良版であったのは前述の通り。ただ、この964が予想以上によく売れた(とくにバブル期の日本で)ことから、993はデザインの一部変更やリアサスペンションの刷新ができた。そのためもあってか、993はさらに売れ、ようやくフルモデルチェンジできる経営的な余裕が生まれた。

そうして生まれたのが996なのだ。