「宇宙の仕事」と聞くと、一部の専門家たちだけを対象とした”特別な仕事”と思ってしまいがちですが、実態はその真逆。特別な経験や知識がなくとも携われる仕事がたくさんある業界なのです。
そんな宇宙産業のさまざまな仕事を紹介する『宇宙の仕事辞典』の第9回。宇宙航空研究開発機構(JAXA)におけるバックオフィスの仕事について、武田 隆史さんにお話を伺いました。
【イントロダクション】JAXAの事業とは?
我が国の宇宙研究・開発の総本山であり、政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関と位置付けられ、基礎研究から開発・利用にいたるまで一貫して担っている、宇宙航空研究開発機構(JAXA)。
JAXAは1955年に実施された東京大学のペンシルロケット発射実験まで遡るルーツを有する宇宙科学研究所(ISAS)、同じく1955年の設立で日本の航空機技術の基礎研究を支えてきた航空宇宙技術研究所(NAL)、人工衛星とその打上げ用ロケットの開発・運用等を総合的に行い日本の宇宙開発と利用を促進することを目的として1969年に設立された宇宙開発事業団(NASDA)、この3機関が 2003年に統合され誕生しました。
現在は「人工衛星・探査機での貢献」「宇宙環境の利用」「地上と宇宙を結ぶ輸送システムの研究開発」「宇宙科学・惑星探査の研究」「航空技術の研究」「基盤技術の研究」「産業振興」「国際協力」「教育活動」「広報活動」「その他、宇宙航空分野を支える技術の研究開発」などの業務を手掛け、広範な領域で宇宙に関する研究・開発をリードしています。
どんな仕事なのか教えてください
JAXAでは宇宙航空に関する研究・開発やさまざまなプロジェクトを行っていますが、それらの実現を支えるバックオフィス業務も多岐にわたっています。私は今、調達部 推進課に所属し、文字どおり調達関連の業務を担当しています。
たとえば、あるプロジェクトで人工衛星やロケットが必要になった際、それらを外部の企業に発注することになるわけですが、その発注先決定から契約手続きにいたるまでの一連のプロセスを担当するのが調達部の基本的な役割です。ただ、私が担当しているのはそうした個別の案件に関する業務ではなく、調達制度全体の維持・改善に関する企画業務や、部の事業計画の策定や進捗管理、予算の獲得と執行管理など、基盤業務の部分になります。
JAXAは国立研究開発法人ですから、調達においても公正透明であることが絶対条件です。ガバナンスやコンプライアンスを厳格に遵守しながら、競争を原則とし、国益に資するよう、コストパフォーマンスに優れた調達を行うことが求められています。また、よりよい調達の実現に向け、調達制度そのものの改善などにも常に気を配っていなければなりません。
一方で、日本の宇宙ビジネスのさらなる振興を図るために、宇宙ベンチャー・宇宙スタートアップと呼ばれる新興企業を含めた民間企業の成長を促進していくという観点も必要です。その意味では攻めと守りの両立が求められる、かなりクリエイティブな仕事と言ってもいいかもしれません。
この仕事のやりがい・面白さは
何と言っても、手掛ける業務すべてが国家レベルのものばかり、ということに尽きますね。JAXAだからこそのスケール感、と言い換えてもいいかもしれません。自分の一つひとつの仕事が、日本全体の宇宙開発利用、宇宙ビジネスなどの発展を後押ししていると思えるのは、働く上で大きなモチベーションとなっています。
相手は宇宙です。人類が英知を結集して解き明かしてきた謎も少なくありませんが、まだまだ未知の領域がほとんどです。そこで繰り広げられる我が国の挑戦が、もしかしたら人類にとっての大きな財産になるかもしれません。私は、人類が宇宙にまで自らの生存領域を拡大しようとする欲求、この生物としての本能とも言うべき衝動は、止められないと思っています。その活動にどのように貢献して、より良い未来につなげていくか。そんな壮大なスケールを感じながら国家的プロジェクトを支えていく仕事に打ち込めるというのは、なかなかできない体験だと思いますよ。
この仕事の難しさ・大変な部分は
調達における攻守のバランスをとるのが、本当に一筋縄ではいかず、苦労します。JAXAは、政府全体の宇宙開発利用を技術で支える中核的実施機関と位置づけられる公的機関ですから、あらゆる活動が公正・公平・透明であり、JAXAひいては我が国にとっての合理性を満たしていなければなりません。それは絶対に、です。
その上で、各国の宇宙関係機関、国内外の研究機関や民間事業者といったステークホルダーたちの事情や思惑、法制度なども踏まえつつ、JAXAの調達としての最適解を模索していくわけです。何も考えずに入札を行って、一番リーズナブルな業者を選定する、という単純な話ではないのです。もちろん、苦心した分、仕事のやりがいも大きくなるわけですが。
私たちも日々、さまざまなノウハウを蓄積しています。それを糧にして、最適な調達をスピーディーに実現するべく、新たな業務改革にも取り組んでいます。たとえば、プロジェクトの計画段階から調達部のメンバーも参加し、研究者やエンジニアの動きとシンクロして、正当な調達を考慮した計画策定につなげていくなど、プロジェクトの土台をしっかり固めていくような取り組みを進めています。こうした業務プロセス改善を企画していくのは、大変なことでもあり、同時に面白い部分でもあります。
この仕事で求められる資質や、活かせる経験・スキル
JAXAの職員、とりわけ事務系職員は、基本的にはジョブローテーションでさまざまな業務を経験していくことになりますので、多彩な経験やスキルが活かせると思います。人工衛星や探査機、ロケットなどの開発に関する知見、宇宙環境や宇宙科学・惑星探査に関する知見、地上と宇宙を結ぶ通信に関する知見といった宇宙に関わる技術的・学術的な知見があればもちろん活かせますが、事業開発やマーケティング、ファイナンス、会計、法律、人材採用や教育、広報活動など、宇宙以外の分野のいわゆる文系的な知見であっても、それを汎用的なビジネススキルとして応用することで、活躍できるはずです。
また、あえて一つ、具体的な資質のイメージを挙げるとすれば、「一度始めた仕事を、試行錯誤しながらでも自分の力で完結させる力」は必要かもしれません。JAXAは公的機関であるため多数の法令や規程等との整合を取らねばなりませんし、機構内外問わず多数の利害関係者との調整も必要です。事務系職員は多くなく、少数精鋭といった環境ですので、論理力・理解力・調整力、実行力等を高いレベルで発揮して仕事を成し遂げてきた経験がある方は、JAXAでもその経験を十分活かしていただけると思います。
私は調達部に配属される以前、新事業促進部という部署にいたのですが、そこでも「試行錯誤しながら完結させる」ことの大変さを感じる仕事を多く経験しました。その一つが、宇宙を活用したビジネスアイデアコンテスト『S-Booster』の立ち上げ時の業務でした。『S-Booster』は、宇宙ベンチャー・宇宙スタートアップの勃興が世界的なトレンドとなる中、日本も後れを取ってはならじと政府主導で始めた施策です。その意義や背景を十分理解した上で、「実施することでどういう結果を導くのか」「その目標を達成するためにどんな仕掛けがいるのか」「必要なリソースはJAXA内にあるのか、なければどう外部の力を活用するのか」といったことを考えながら、仕事を進めていきました。JAXAは公的機関ですから、それゆえの制約や守るべきルールも多く、壁にぶつかったことも少なからずあります。意地でもやり抜くという決意と、ルールや関係部署等の論理を理解し、落としどころを見出すための調整ができなければ、壁を乗り越えることはできなかっただろうと感じています。
【これから宇宙ビジネスにジョインする方へ】
●私が宇宙を仕事にした理由
前職では人材系スタートアップ企業の役員を務めていました。最初はアルバイトでの入社だったのですが、入社から5年程で実績を認めていただき、経営陣の一人に抜擢されたというかたちです。役員になった頃には自分の仕事力にも自信が持てるようになり、長期的なキャリアも考えるようになりました。引き続きスタートアップのような環境に身を置き、IPOや事業売却といった目標目指すのか、それとも環境を変えてワークライフバランスを追求するか、はたまたそれ以外か、等。私がたどり着いた結論は、「テクノロジーに触れつつ、人類の未来に貢献できる仕事をしたい」というものでした。
幼少期には科学館が好きだったり、大学時代には人工知能の研究をしていた先生のゼミに所属していたりと、昔から科学技術には興味がありました。その分野で社会に貢献できる仕事は何かと考えたとき、「今後伸びてきそうな“宇宙”か“AI”に携わるのがよさそうだ」と感じ、周囲に触れ回っていました。それが、友人からJAXAの中途採用情報を教えてもらうことにつながり、それがきっかけでエントリーして今に至っています。
●読者へのメッセージ
今、宇宙業界は活況を呈しており、JAXAのような公的機関だけでなく、大手企業からスタートアップまで、多くの民間企業も参入しています。ビジネス系、バックオフィス系のキャリアの方であっても、宇宙業界にジョインするチャンスは充分にあると思います。選択肢が増えていますから、自分自身の得意分野がリンクする先をきっと見つけられるはずです。一見、宇宙とは関係ないような業種や職種での経験も、多くの宇宙関連企業で歓迎されると思います。宇宙に関わる仕事に興味のある方は、一度本気で情報収集してみることをおすすめします。