家庭、友人関係、仕事、趣味など…生活における読者の「お悩み」に寄り添う、さらには解決してくれるかもしれないドラマ、バラエティ、ドキュメンタリー、リアリティショーなど、配信サービスの映像コンテンツを、コラムニストの長谷川朋子が“処方箋”としておすすめする「長谷川朋子のエンタメ処方箋」。

第6回は、「不倫を疑われている」というお悩みに、Netflix映画『マリッジ・ストーリー』を紹介します。

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「不倫なんてしていないのに、何十年も疑われ、責められてる」(宮城県在住・59歳女性)

身に覚えのないことで、長い年月、疑いの目を向けられ続ける。それは怒りよりも先に、心をすり減らす苦しさを伴うものではないでしょうか。否定しても信じてもらえない。説明しても疑念が消えない。その繰り返しのなかで、「もう何を言っても無駄なのかもしれない」と感じてしまうこともあると思います。

疑われている理由がはっきりしないからこそ、反論のしようがなく、沈黙が積み重なっているのかもしれません。疑いは解消されないまま、日常の空気だけが重くなり、「何も起きていないはずの関係」が、少しずつゆがんでいく状況にありそうです。

今回のご相談は、「不倫」という言葉が出てきますが、問題の本質は、疑う/疑われるという関係性が長年固定化してしまったことにあるように感じました。おそらく疑っているのはパートナーであって、事実確認ができないまま、感情だけが積み重なってきた。だからこそ、この処方箋としておすすめしたいのが、映画『マリッジ・ストーリー』です。

「わかってもらえなかった感情」が修復不能な距離に

本作は、離婚を選んだ夫婦の物語として知られています。子どもの親権をめぐる話も多く、場合によっては「自分の悩みとは違うのでは」と感じるかもしれません。ただ物語の中の子どもの存在は、家族を守るための美談としてではなく、感情がこじれた関係が周囲にどんな影響を及ぼすのかを示す要素の一つに過ぎません。本筋は夫婦がなぜ分かり合えなくなったのかを、感情のレイヤーまで丁寧に掘り下げていく点にあります。

アダム・ドライバーと、スカーレット・ヨハンソンが演じる主人公の夫婦は、決定的な裏切りがあったわけではありません。どちらかが一方的に悪者という構図でもない。それでも、言葉にしなかった不満や、小さな誤解、積み重なった「わかってもらえなかった感情」が、やがて修復不能な距離を生んでいきます。このプロセスは、「疑われ続ける側」の苦しさとも重なります。相手の不安や猜疑(さいぎ)心が、いつの間にか“事実”のように扱われ、自分の言葉が届かなくなる感覚です。

もっとも忘れがたい場面は、夫婦が感情を抑えることをやめ、真正面からぶつかるシーンでしょう。それまで理性や配慮の裏に押し込めてきた言葉が、一気に噴き出します。重要なのは、この衝突が「正しい話し合い」でも、「模範的な夫婦像」でもないということです。むしろ、見ていて痛々しいほど、不器用で、残酷です。それでも長い時間をかけて曖昧にされてきた感情が、初めて同じテーブルに載せられる瞬間があります。

「自分がどんな関係の中にいたのか」を言葉にしてみるきっかけに

疑い続ける側と、疑われ続ける側。その関係が固定化すると、言葉は説明ではなく防御になり、会話は確認ではなく追及へと変わっていきがちです。『マリッジ・ストーリー』が描いているのは、まさにそうした関係の行き着く先。たとえ決定的な裏切りがなくても、関係はここまで壊れてしまう。その現実を、映画は容赦なく突きつけます。

この作品は、「夫婦の再生物語」として語られることもあります。もちろん、それも一つの見方でしょう。ただ今回の相談に引き寄せて見ると、少し違った受け取り方もできるように思います。本作が強く印象づけるのは、再生そのものよりも、衝突を避け続けてきた関係が、知らないうちにどんな歪(ひず)みを抱え込んでいたのかという気づきにあります。

何十年も疑われ、責められてきた状態は、それ自体が一つの関係性です。そこには善悪や正解とは別に、長い時間をかけて形づくられてきた力関係や役割分担があります。一度ぶつかってみて変えるべきか、距離を取るのか、あるいはこのまま引き受け続けるのか。どれが正しいかを、他人が決めることはできません。

それよりまずは「自分がどんな関係の中にいたのか」を、言葉にしてみる。そのきっかけとして、『マリッジ・ストーリー』は、静かに効いてくる作品です。

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