電力自由化=電気代が安くなる、ではない

2016年、一般家庭向けの電力小売が自由化されてから5年が経ちました。その間に自然災害への危機感や環境配慮の意識が高まり、再生可能エネルギー普及を含む「脱炭素」の動きが世界中で活性化しました。

  • 脱炭素の動きが進む世界

「電力会社を変えると電気代が安くなる」などという宣伝を見聞きする機会は増えましたが、実際のところどう? まだ何もしていない人は何をすべきなのでしょう? 京都大学大学院の安田陽特任教授にお話を聞きました。

――電力小売自由化とは、一体なんなのでしょうか?

安田氏: 「自由化=必ず安くなる」という主張を聞くこともあるかと思いますが、これは過剰広告です。少なくとも学術的には「電力自由化で電気代が必ず安くなる」という主張はほとんど見られませんし、そのような目的で電力自由化がなされたわけではありませんので、過度に「安さや節約」を期待しない方がいいです。

――ただ、電力会社を変えて実際に電気代が安くなった人もいます。また、新電力の事業者は、「契約する会社を変えると電気代が安くなる」ことをアピールしたいようですね。

安田氏: もちろん、競争原理が働いて企業が経営努力をしたことで結果的に電気代が安くなることはあります。しかし、電気代は石油が天然ガスの価格など別の理由も多く、自由化によって「必ず」安くなるわけではありません。また、多くの方にとって、「安くなるのは当然いいこと」のように理解されています。ところが、気候変動による自然災害、それによる経済被害が甚大化する現代、「安いことだけがいいことか?」について、よく考えないといけないと思います。

逆説的ですが、エネルギーを安くしようとすれば簡単にできるんですよ。ズルをしたりいろいろなことを隠せば安くなります。例えば汚染物質や危険物質をきちんと処理せず排出したり問題解決を将来に先送りしたり、もし問題があっても誰も責任を取らず次世代にツケを回すようにすれば、見かけ上の金額は安くなるんですよ。「目先のことだけ考えて、子供や孫の世代は知らない」という態度で安さを追求することを、皆さん求めたいですか?

「安い=良い」ではなく未来への投資として賢い選択を

「安ければいいだろう」というのは、20世紀の古い考え方でした。見かけ上安い分だけ「隠れたコスト」があり、その分のツケが溜まっています。そのしっぺ返しの一つが気候変動であり、人類は反省し、もう目先の安さだけを追求するのはやめようという時代になっています。

――安さ至上主義を改め、地球に優しい選択をしていかなければなりませんね。

安田氏: 「地球に優しい」という言葉ももう古いと思います。そういうふんわりとしたイメージではなく、世界は科学的な理論に基づいて脱炭素に向かっています。ところが、そういう動きがあることはこれまで日本ではなかなかニュースになってきませんでしたし、これを取り上げるメディアも少なかったのは残念です。

21世紀の消費者には、電力でも食品でも「商品の裏にあるものは、ちゃんとしているか」をしっかり確認してから買う姿勢が高まっています。商品を作る過程で環境破壊や人権侵害が発覚するとあっという間に不買運動が起こる時代です。消費者も賢くなり、投資家も再エネへの投資を進めています。企業もこうした消費者の意識変容をさらに意識していかなければなりません。

企業経営者やビジネスパーソンの中には、時代の動きを読んで素早く行動を起こす人はいますが、あれこれ理由をつけて行動変容を先送りするトップ層も少なくありません。その点、若い方や子育てを通じて環境や安全への意識が変わった方などは、真剣に考えています。そういう方に、「電力自由化で安さだけを求めるのはよいのか?」「これまでより少し電気代が高くなったとしても、それは必要なコストであり将来の投資になる」という話をすると、納得してくれる人も少なくありません。こうした考えもあるということも念頭におきながら、自分がいいと思う電力事業者を選択していただきたいです。

取材協力:安田陽(やすだ・よう)

京都大学大学院経済学研究科再生可能エネルギー経済学講座特任教授。現在の専門分野は風力発電の耐雷設計および系統連系問題。技術的問題だけでなく経済や政策を含めた学際的なアプローチによる問題解決を目指している。現在、日本風力エネルギー学会理事、IEC/TC88/MT24(国際電気標準会議風力発電システム第24作業部会〈風車耐雷〉)議長、IEA Wind Task25(国際エネルギー機関風力技術開発プログラム第25部会〈風力系統連系〉)専門委員