「ぐるぐるナインティナイン」「行列のできる法律相談所」「¥マネーの虎」など、これまでに数々の人気番組を世に送り出してきた日本テレビの演出・プロデューサーの栗原甚氏。これだけ多くのヒットコンテンツを手掛けることができた理由として、栗原氏は「周到な準備」をあげる。

「準備を制する者は、人生を制す」をモットーに、心身のタフさが求められるテレビ業界で25年以上ものキャリアを築き上げ、今なお第一線でバリバリ働く栗原氏は、一体どのような準備をして仕事に臨んできたのだろうか。本特集では同氏の新著「すごい準備」をヒントに、その秘密を紐解いていく。最終回のテーマは「準備ノートの活用法」だ。

  • 日本テレビの演出・プロデューサーの栗原甚氏が作成している「準備ノート」、その中身は?(※写真と本文は関係ありません)

    日本テレビの演出・プロデューサーの栗原甚氏が、作成している「準備ノート」の活用術を紹介(※写真と本文は関係ありません)

――「準備ノート」(※1)についていろいろ教えていただきましたが、実際何冊くらいを使ってらっしゃるんですか?

僕の場合は3~4つの番組づくりを同時に進めているので、3~4冊ですが、時にはノートが2ページくらいで終わって進まなかったり、うまくいかなかったりするときもあります。そういうときに、ノートAに出していたアイデアをノートBで使うケースもあるんです。1個の企画だけをやってうまくいったわけじゃないし、並行していろいろと進めなきゃいけないことも多いんです。

だから何冊もノートがあって、それをミックスしたときにうまくいくこともあります。1冊のノートを埋めることに命を懸けるんじゃなくて、「面白いんじゃないか」「これはイケるんじゃないか」っていう企画が10個あるなら、10冊の「準備ノート」を一度に始めちゃっていいと思いますよ。

――ちなみに、栗原さんの「準備ノート」の1冊目ってなんだったんでしょうか?

「¥マネーの虎」(2001年~2004年: ※2)を立ち上げる際、出演してくれる社長を探したときですね。300人くらいに断られて「なんで断られるのか」と考えて行く中で「準備ノート」を作っていきました。「どうやって断られたのか」とか「この社長はファックス番号すら教えてくれなかった……」ということも、どんどん忘れていっちゃいますから。ただ、実際にお会いして感触が良かったとしても「ギャラはいくらですか?」と聞かれて、こちらからお断りするケースもありました。ギャラを気にするようなスケールの小さい人は「マネーの虎」と呼ぶにふさわしいと思えなかったし、実際にノーギャラだったので(笑)

――断られ続けると妥協してしまいそうですが、そこも最初の信念に立ち返れたわけですね。その準備の姿勢が「ヒットの秘訣」なんだと思いますし、今も準備が必要とおっしゃっている意味がよくわかります

そういうノウハウは、「準備ノート」をずっと作り続けてきたことで、自然と身についたのかもしれないですね。今回の本『すごい準備』の表紙は、人気絵本作家のヨシタケシンスケさんにお願いしました。ヨシタケさんは、今までの絵本業界にはなかった、なんとも言えない新しい世界観を創り出した人で、子どもたちはもちろん大人にも大人気なんです。僕はヨシタケさんの絵本を全部持っていて、彼の発想の面白さや世界観は誰にもマネできないものだと尊敬しています。だからせっかく本を出すなら、なんとかしてヨシタケさんに描いてもらいたい……。でも、以前はイラストレーターとしても活動されていたんですが、今は絵本の創作活動を優先されているので、オファーしたときは表紙制作の仕事は受けていなかったんです。

――そこで、「準備」をしてからの交渉ですね

『すごい準備』の担当編集者が以前、ヨシタケさんと一緒に仕事をしたくてオファーしたことがあったのですが、タイミングが合わずに断られてしまったそうなんです。だから、まずは担当編集者がオファーをしたんです。しかし、良い返事が得られませんでした。それで今度は、僕が連絡をしたんです。なぜヨシタケさんのイラストが、この本に必要なのかという熱い想いを直接お伝えするために……。

この本はビジネス書ですが、実際には中高生にも読んでもらいたい「自己啓発本」です。だから、いわゆる「ビジネス書の表紙」だと、中身との温度差やギャップが出てしまいます。僕の中では、ヨシタケさんのイラストを見て「かわいい! 」と思い、手に取った若者にも満足できるような内容に仕上げたつもりです。ヨシタケさんに断られたので、似たイラストにするという方法もあるかもしれないですが、僕は一緒に仕事をしたかった。ヨシタケさんのクリエイティビティなら、僕の想像を超えるものが生まれるはずだと確信していたからです。

――ヨシタケさんの絵本を読みこんで、さらに彼の経歴や以前に断られた理由などを分析する準備をしたからこそ、この本になぜヨシタケさんのイラストが必要なのかが明確だったと。それでご快諾いただけたんですね

ええ。「僕にとってはヨシタケさんのイラストがないと、この本は完成しないので、納品は製本のギリギリまで待ちます!」とお伝えしまして……。やっと今回の出版に至ったんです。それくらい僕がヨシタケさんにこだわっていたので、その気持ちが本人にも伝わったのではないでしょうか。帯を取ったときのサプライズ演出も、ウラ表紙との連続・物語性を感じるイラストも、僕のイメージ以上に応えてくださいました。

――栗原さんの基本的なモチベーションとして「一緒にやれば、こんなに面白い!」というのがダイレクトに伝わってくるような気がします

それはありますね。このような取材も、「事前に準備をして、こんな話をするといいかな?」というのを考えます。実際にお会いしてお話ししていくと、全然違う話になることもありますが(笑) でも、せっかく時間を共有するのであれば、少しでも面白い話や楽しい時間にしたいと思うんですよ。自分が提供できるものは、全部出しきりたいんです。

今回、本を出版するにあたって、以前お会いした方々から「本を出版するなら、ぜひ取材させてください!」とか「SNSで紹介しますね!」といったステキな連絡をいただくことが多いんですが、今までやってきたことが、今につながっている感じはしますね。

――企画をひらめいたときの熱量を持ち続けることの大切さも、この本から伝わるんじゃないかという気がします。仕事面で未練を残さないためにも「できる限りの準備をやりきる」ということですよね

そうですね。だから、放送が終わった企画の「準備ノート」を後で見返すことはほとんどありません。常に新しいこと、今までにやったことのないものだけを作りたいので。そういう意味では、アイデアだけをまとめた「アイデアノート」と、企画を進めるための「準備ノート」は、別々に用意しているんです。ノートをきっちり分けておく方がうまくいきますよ。

僕が著書『すごい準備』で提案している「メソッド」が、すべての職業の働いている方に当てはまるとは思いませんが、自分のオリジナルの「成功スタイル」を見つけるきっかけになればと思います。特に、就活中の大学生や、受験を控えている中高生には役立つと思うんです!

※1 栗原氏が交渉を円滑に進めるため、交渉相手や自分の情報などを書き込んだノート。そのノートの記載内容をもとに交渉事の戦略を練っていたという

※2 一般の起業家が資金を募るため、「マネーの虎」と呼ばれる投資家の目の前で事業計画をプレゼンテーションする様子を伝える投資リアリティ番組。番組終了後、フォーマット販売され、同様の形式の番組が世界各国で制作・放映されている

新刊『すごい準備 』

テレビ番組プロデューサーである著者が、「難攻不落の芸能人」や「取材NGの店」から「YES」を引き出し、数々の大ヒット番組を制作してきた交渉のテクニック=「すごい準備」のやり方をわかりやすくまとめた一冊。相手に自分の思いを伝えるための「準備ノート」の作り方や「口説きの戦略図」など、誰でもすぐに実践できるメソッドが掲載されている。アスコムより上梓されており、価格は税別1,600円。

栗原甚

日本テレビのプロデューサー・ディレクター。「¥マネーの虎」「松本人志・中居正広vs日本テレビ」をはじめ、最近では「踊る! さんま御殿!!」「中居正広のザ・大年表」など、多くの人気芸人とともにバラエティー番組を多数手がける。