兵庫県と尼崎市、西宮市、阪急電鉄は9月3日、阪急神戸本線武庫之荘~西宮北口間に駅を設置する構想の具体化で合意した。場所は尼崎市と西宮市の市境となる武庫川の上。南へ約3.5kmの位置にある阪神本線武庫川駅のような橋りょう上の駅になる。駅予定地周辺が便利になるだけでなく、周辺駅の問題も解決するという。

  • 「武庫川新駅」設置予定地(地理院地図を加工)

地図で確認すると、新駅設置予定地では神戸本線の複線の間隔が広がっている。あらかじめ新駅の島式ホームを作るために準備していたかのようにも見えるが、この配置は兵庫県の武庫川河川整備事業がきっかけとなっている。堤防の嵩上げに合わせ、老朽化した橋りょうを架け替える際、元の複線の両側に新しい橋りょうを作った。

ただし、Googleマップで上下線の間隔を測定すると約13mあり、島式ホームの幅としては広すぎた。古くから新駅設置の要望があり、先を見越してこの形にしたともいえそうだが、それを表明してしまうと、鉄橋を架け替える理由が武庫川河川整備事業と離れてしまい、阪急電鉄の負担が増える。もしかしたら、当事者間に「暗黙の了解」があったかもしれない。

  • 新駅設置予定地は島式ホームを作れそうな線路配置になっている(地理院地図航空写真より)

ホームの幅については、国土交通省の「鉄道に関する技術上の基準を定める省令の解釈基準」にて、「普通鉄道(新幹線を除く。)及び特殊鉄道(新幹線を除く。)のプラットホームの幅は、両側を使用するものにあっては中央部を3m以上、端部を2m以上、片側を使用するものにあっては中央部を2m以上、端部を1.5m以上」と定めている。新幹線においても、両側を使用する島式ホームの幅は9m以上とされており、幅13mの島式ホームは過剰な設備となる。ホームは広いほうが良いものの、コストや重量で問題がありそうだ。

兵庫県と尼崎市、西宮市、阪急電鉄が参加する「武庫川周辺阪急新駅に関する検討会」の報告書を見ると、ホームは線路間に設置されるが、島式ではなく、単式を背中合わせに配置するようだ。既存線路の橋脚の間に梁を渡し、その上にホームを載せる。駅は武庫川の両岸にかかる位置となる。地図上で護岸間を計測すると約160m、報告書の図をもとにすると約300mがホームと駅施設を示している。20m級電車の10両編成に対応可能と思われる。

神戸新聞NEXTの記事「阪急『武庫川新駅』実現へ 80年来の悲願、4者合意 西宮、尼崎両市で具体化へ検討」によると、新駅に停車する列車の種別について「未定」とのこと。明確な開業時期も決まっていないから、そのときの状況に応じて最後に決める話だろう。ちなみに筆者は、「当面は普通(各駅停車)のみ停車」と予想する。神戸三宮方面の隣駅である西宮北口駅に特急が停車するし、大阪梅田方面も2駅隣の塚口駅に通勤特急が停まるから、普通だけでも途中で優等列車に乗り換えられる。

  • 現行の上り(大阪梅田方面)ダイヤに赤い点線で新駅を示した(「OuDia」にて筆者作成)

  • 現行の下り(神戸三宮方面)ダイヤに赤い点線で新駅を示した(「OuDia」にて筆者作成)

通勤通学時間帯の列車ダイヤを作ってみた。特急を赤の太線、通勤特急を赤の細線、通勤急行を青の点線、準急を緑の太線、普通を黒線で示している。回送列車が反映されず、営業列車のみの表示だが、現行ダイヤで普通を新駅に停めても、特急の運行に大きな影響はなさそうだ。

神戸本線がもっと過密なダイヤだったら、新駅は単式ホームを線路の外側に配置して対向式とし、上下線の間に旧鉄橋時代の線路を復活させて通過線にしたかもしれない。そうすれば新駅で追い越しが可能になる。しかし阪急電鉄にとって、そこまでの必要はなかった。駅の設置以上に路線の価値が上がれば、阪急電鉄に追加のコスト負担を求められるだろう。全国的にも例が少ない「背反式」ともいえるホーム配置は、このような経緯ではないかと予想される。

■尼崎市、西宮市、阪急電鉄の利点が一致

「武庫川新駅」は武庫川の西岸地域(西宮市側)が要望していた。「武庫川周辺阪急新駅に関する検討会」の報告書では、「検討の経緯」に「昭和17年5月 西宮市と旧瓦木村との合併条件の覚書(阪急武庫川西堤防への停留所設置の実現に努力すること)を交換」と記しており、これが神戸新聞NEXTの記事にある「80年来の悲願」の根拠となっている。

昭和17年といえば1942年、いまから79年前だ。瓦木村は現在の西宮北口駅付近から武庫川西岸あたりの村だった。神戸本線の開通は1920(大正9)年だから、当時から駅を要望する声があっただろう。対岸が見えれば渡りたくなる。それが人情である。西宮市への編入は、大きな自治体になったほうが要望を叶えやすいと思ったからではないか。

一方、武庫川東岸の尼崎市側の意欲は低かった。鉄道空白地帯の新駅は歓迎だが、予算面で難色を示していたようだ。西宮市側では、2000(平成12)年に旧瓦木村管内の自治会、町内会、農会など12団体が「阪急武庫川駅誘致推進協議会」を設立。活動が実り、2012(平成24)年に「武庫川周辺阪急新駅に関する検討会」が設置され、兵庫県、西宮市、阪急電鉄が参加した。しかし尼崎市は応じていない。

尼崎市は駅に反対という立場ではなかった。むしろ歓迎したいところだが、新駅よりも優先すべき課題があった。尼崎市地域交通計画を見ると、バスによる南北交通網の整備拡充と、既存の駅の自転車駐輪場確保、放置自転車問題に注力している。

西宮市は市街地の南北鉄道路線として阪急今津線がある。一方、尼崎市における南北方向の鉄道路線は、東部のJR宝塚線(福知山線)のみ。武庫川東岸地域にも南北交通アクセスが欲しい。東西方向を走る阪急神戸本線の駅を整備するよりも、南北方向に投資したいはず。できることなら阪神本線尼崎センタープール駅からJR神戸線立花駅、阪急神戸本線武庫之荘駅を経て、さらに北へ向かう軌道系アクセスが欲しいところだろう。

西宮市と尼崎市の温度差は、人口の動向からも見て取れる。「武庫川周辺阪急新駅に関する検討会」が2016(平成28)年に作成した報告書によると、西宮市は新駅の有無にかかわらず人口は増加傾向だが、尼崎市の人口は減少傾向にあるという。南北交通の有無だけではないと思われるが、武庫川を挟んで住みやすさに差が現れている。尼崎市の人口は新駅ができても減少すると予測されているものの、新駅なしよりも減少は緩やかだった。

2013(平成25)年、尼崎市は「駅設置を前提としないゼロベースからの勉強会」という認識の下、「武庫川周辺阪急新駅に関する検討会」に参加する。共同で調査の上、南北方向整備と新駅のどちらを優先すべきか見極めようとしたと思われる。

調査の結果、尼崎市にとっても利点が大きかった。立花駅や甲子園口駅へ向かう東西方向の交通需要が新駅に集約されるだけでなく、立花駅や武庫之荘駅へ自転車で向かっていた人も新駅へ転じるため、両駅の駐輪場不足と放置自転車問題が緩和される。また、人口が減少しているとはいえ、地価の上昇によって固定資産税収入は増加する見込み。そうなると、相続などで土地の再編が緩やかに進み、マンションに建て変わることで生産人口の転入が増える。尼崎市側から見ても、「武庫川新駅」は「悪い話ではない」どころか良い話だった。

新駅関連の費用負担について、鉄道施設(ホーム・駅舎)が約50億円、駐輪場が約5億円、合計55億円となっており、国の社会資本整備総合交付金が得られた場合、国が3分の1、西宮市と尼崎市が合わせて3分の1、阪急電鉄が3分の1を負担する。阪急電鉄の負担があるという点も重要だ。自治体が建設する請願駅ではなく、阪急電鉄側も利点を評価している。JR神戸線の甲子園口駅、立花駅を利用していた人の一部が阪急神戸本線を利用すると見込んでいる。

尼崎市、西宮市、阪急電鉄の利点が一致した。鉄道ファンとしても、橋りょう上に「背反式」のホームを設置する珍しい駅の誕生が楽しみだ。武庫川の上にかっこいい駅ができることを期待したい。