ずいぶん前だけれど、風邪を引いている男子を家に連れて帰ってきて、看病をしたことがある。ええ……至福の時でした。アロマに凝り始めたころだったので、あれこれ怪しげな油を垂らしてみたり、魔女がかき混ぜたみたいなドロドロのご飯を食べさせたり。まあ、おままごとですわ。病中なら変な気が起こる確率も低いしな。

人は誰でも、自分が人に与える影響が大きいことを願う。恋人から「きみのおかげで救われた」なんて言われたいし、親になったら子どもを好きに教育したいと思う。「うたスタ」出場者は歌で人を感動させたいと言い、作家は作品で人を啓蒙したいと思う。他人への影響が大きければ大きいほど、それはすなわち、自分自身の存在価値につながるからだ。

ときめきトゥナイト』で、赤ん坊になった真壁くんの世話をする蘭世はヲトメ萌えシチュだという話をしたが、『青い鳥症候群』でも、慎吾を世話する杏奈は、一見不幸だけれども萌えパターンである。

心臓病で入院している慎吾は、杏奈以外に頼る人もいない。杏奈の訪問に間が空くと、ぷくりとすねたりしている。慎吾は杏奈がいなければ、精神的にも金銭的にも立ちゆかないのだから、贖罪だのなんだのと言いながら、自分の存在意義をこの上なく感じることができる、絶好の状況なわけだ。日本人って自己犠牲の精神が好きだから、贖罪のために罪を犯すなんて、萌えもいいところでしょう。

そしてそのとおり、慎吾が回復して自立をするようになると、杏奈には新たな悩みが襲いかかる。慎吾が、自分から離れていってしまうことだ。自分のかごの中にすっぽりと収まってくれているうちは、逃げていく心配がない。慎吾が元気になって外に出られるようになり、経済力がついてくると、杏奈に残っているのは「自分の親を死に追いやった詐欺師の娘」という肩書きだけなのである。そりゃ心配で胸もいっぱいだろう。

この杏奈の状態は、男性にも想像がつきやすいのではないか。結婚相手には仕事をさせず、自宅に閉じ込めておきたいという男がいるようだが、それは、女が経済力をつけて、広い世界を知ったら、自分に魅力を感じ続けてもらう自信がないからではないのか。1人の中から選ばれるよりも、100人の中から選ばれるほうがうれしいと思うんだけどね。自分磨きっていうのは、いくつになっても忘れたくないですね。

さて、『僕は妹に恋をする』は、血のつながった兄弟がさかって問題になるというお話だった。恋愛の対象が、実は血がつながってたとかなかったとかというのは、石を投げたら当たるくらいよくあるパターンである。そして『青い鳥症候群』でも、杏奈と慎吾に異母兄弟説が浮上する。

それ故、慎吾は杏奈をあきらめてほかの女とくっつこうとするわけだが、こうした前提があるため、例えほかの女といちゃつこうが、読者には、慎吾の杏奈への一途さが伝わることになっている。ただ単にほかの女とくっついたら、「違う相手に心変わりした」という罪で、慎吾は少女漫画読者にとっては極悪ものになってしまう。男を悪者にせずに、恋愛のごちゃごちゃを楽しむ、絶好の言い訳なのである、血縁ネタって。おかげで杏奈の父親は、詐欺師だわ女癖は悪いわの、ものすごい悪者になっちゃって、少々かわいそうである。娘思いらしいのに。

だから、少女漫画では血のつながりとか、記憶喪失とかでトラブルになる恋愛話が多いのだが、最近は、血のつながりが生物学的には大タブーでも、少女漫画的にはOKになっちゃってきてるようなので、生物の種として終わりが近いのかもしれないなあ、人間って。
<『青い鳥症候群』編 FIN>