私は女子校出身である。世の中には男女がほぼ同数存在してるわけだが、女子校というのは、そのバランスを見事に欠いたシステムだ。レンアイに飢えた女子は、身近なところで新人教師、最寄り駅の駅員などに熱を上げ、妄想系ではジャニーズや漫画アニメの主人公に夢中になる。その一方で、クラスメートに熱を上げる場合もある。女子校には、必ずと言っていいほど、男性的役割を果たす「かっちょいい女子」がいると思われる。ちなみに男子校にも女役がいると聞いたが、なんかギムナジウムな匂いのする話だよな。

まあともかく、女は男と違って、物理的に逼迫して性欲が湧き上がってくるわけではないので、割とプラトニックで満足できる傾向にあるようだ。プラス、心ない男から性的な嫌がらせを受けた経験のある女子も少なくないので、性的行為に対してマイナスイメージがある場合が多かった(←なぜ過去形かというと、今の若い女がどう思ってるかはよくわからんからだが、今論じてる『ライジング!』は、昔の話だからいいだろう、うん)。

で、この漫画の舞台である宮苑音楽学校、宝塚モチーフであるので、もちろん女子校。そして女ばかりで舞台を作るわけだから「男性的役割」どころか、はっきりくっきりの「男役」が登場する。これがかっこいいのなんのって。

少年漫画を読むと、男には「身長10m願望」があるなあと思う。ケンシロウなんか、少女とはいえリンを肩かなんかに乗っけちゃって、手乗りインコ扱いだ。非力な一般人と比べても相当でかく、25mプールくらいならひとまたぎできそうだ。しかし世の女子で「ケンシロウ様のボディが好みで」という意見は聞いたことがない。女は圧倒的に男よりも体力的に劣るため、あまりにでかい男だと少々恐怖を感じる場合がある。そのため、少々線の細い、柔和な男に安心感を持ち、惹かれる場合が少なくないのだ。その好例がジャニーズだな。

そしてその究極パターンが男役である。しかも男役の場合、夜中に突然ハアハアいって襲ってくる可能性がなく、変なプライドもないから突っかかってもこなくて、いつでもどこでもジェントルなのだから、女にとって都合がいいことこの上ない。

そして『ライジング!』には、彩さん、薫、花緯(かい)さんという男前が登場する。『ダヴィンチ・コード』によると、レオナルド・ダヴィンチは男女の描き分けに非常に優れた画家だったということだが、少女漫画において顔を男にしたかったら、鼻を長くすればよいという法則がある。女の顔は丸顔で、目の大きさ、鼻の長さ、鼻の下の長さがほぼ同じ(モノによっては鼻の長さが極端に短くなる場合もあるが)。しかし男の顔は縦長でシャープ、鼻筋をまっすぐ通して目は小さめにするとそれっぽくなる……で、彩、薫、花緯。こいつらいくら男役だからといっても、男顔にもほどがあるほどの男顔だ。

特に祐紀のクラスメート薫。食堂でプレート持って歩けば、椅子を引いて「どうぞ」などとレディファーストしてくれ、ワルツを踊ればリードしてくれ、一緒にいたらなんだか女王様になったような気持ちがするであろう。にもかかわらず薫が好きなのは高師先生なんだから、女心は複雑であることよ。

薫といえば、実力あるのに高師先生には目をかけてもらえず、前半は祐紀の良きライバルとして出番も多かったのに、後半ぷつりと消息が知れない。颯爽と突然登場したかと思えば、何の理由もなく突然いなくなってしまう。脇役に愛情のない漫画って結構あるもんで、話を盛り上げるために登場し、お役ごめんになったら全く出番のない役柄というのがいる。

大和和紀の『菩提樹』にも、まさにそんなのが登場したな。主人公には彼氏がいたが、片や医学生、片や一般の大学生という生活の違いから別れることになり、その彼氏、最後に「もっと成長して、彼女に似合う男になれたら、また挑戦したい」と言ったっきり、その後まったく出てこないのだ……やっぱり楽しい大学生活にかまけて成長できなかったんですかね? などと余計な妄想をしてしまうのだが、脇役に対する熱意なんかそんなもののようである。

ま、少女漫画は、主人公以外はどうなっても構わんというのが基本スタイル。薫がどこで細々と男役を演じていようが、読者にとっては祐紀がスターになれればいいのであるよ。