『ライジング!』編~その2

先日、錦織圭というテニス選手が、割と大きな大会で優勝し、予想以上の騒ぎになった。実は私はテニスの記者をしていたり、自らテニスでスペイン留学したりして、結構なテニスマニアである。決勝戦は草木も眠る丑三つ時にリアルタイムスコアボードを眺め、1人でポイントを眺めながらワーワー騒いでいたのだ。で、この錦織選手。試合を見ていると「これが才能かあ」と思う。ショットが強烈とか、そんな単純な話ではなくて、意表を突く采配、柔らかなタッチには習うだけじゃ得られない技術がある。まさに「キラリと光るもの」があるのだ。

そして彼はまさに「才能を見い出されて」留学資金をもらい、スターになるべくアメリカへと旅だったわけだけど、ああ、こういう話って日本人は好きだよなと思う。漫画にも「才能を見い出され」る話がたくさんあるじゃないですか。しかし、現実と漫画の違いは、そこに実績があるかどうか。錦織くんの場合、ジュニアの最高峰ともいえる実績があった。

しかし漫画の場合は、全く実績もないのにやたらと才能を見い出してくれるのだ。「実は選ばれし勇者だった」とかもそのひとつ。なぜそんな風に話がよくできているかと言えば、読んでいる読者の圧倒的多数が平凡な人間だからだろう。「努力せずに(才能だけで)人から認められる」なら、読者にも「私にもチャンスが」と夢が見られるわけだ。『ライジング!』の主人公、祐紀もその1人。宮苑音楽学校へ入学するには、ダンス、声楽をみっちりやらないと合格できない……はずなのだが、祐紀はなんの予習もせずに(その可能性だけで)受かってしまう。早稲田の入試で、ろくに勉強もしてない奴が、キラリと光るナイスな解答をしたために合格! くらい夢のある話である。

そして高師先生のエコ活動。祐紀の叔父は有名な作家で、どうやら宮苑の舞台原作も手がけているらしい。というわけで、祐紀は周りからは「仁科好藏の姪だから厚遇されてるんでしょ?」と陰口をたたかれる。ま、人を妬むやつってのは暇で自分に能力のない奴なので放っておけばいいんだが、祐紀の場合はホントに実力がないんだからしょうがない。

しかし、高師先生のエコ活動は止まらない。舞台の台本を祐紀に渡し、「踊り子ライラのセリフを覚えておけ」と言い、まんまとまだ学生の祐紀に大舞台を踏ませてしまう。その後も彼女のために台本を書いてヒロインに大抜擢したり、道を間違ったら修正してやったり、祐紀の前に鳩のえさをトートーと置いてスターへの道をリードしてくださるのだ。もちろん、そこに祐紀がガッツで食らいついていくからこそ話が発展していくのだけれども。

しかし高師先生、ちょいと犯罪のにおいがしまっせ。彼がいろいろと工作をし、これからスターへの道を歩いていく祐紀のために、恋人と別れさせるシーンがある。女はレンアイにどっぷり浸かる体質なので、これは少女漫画でよくある話だけど、まんまと恋人と別れさせた後、高師先生たらがっつり祐紀にチューとかしちゃうんである。先生……恋人と別れさせたのはそのためですかい! そりゃ公私混同ですぜ。恩師と主人公がくっつかないのはマナーだと思うのだが(月影先生とマヤとかさ)、やっぱエコ活動の根源が男女の好意だとなると、ちょっとよこしまな感じがするじゃない。単位や卒業をチラつかせて女子大生にせまる教授みたいなさ。

自分の可能性を引き出してくれる男を、女はもちろん好きになっちゃうさ。何しろ女が好きなのは少女漫画の二大原則、「レンアイ」と「成長」なんだから。レンアイしながら成長できるなんて、まるで文武両道一石二鳥だ。スキーのインストラクター、テニスのコーチ、家庭教師、女子校では若い男性教師が大人気。私の母校(女子校)の先生なんか、全員卒業生と結婚してたもんね。

でも、その犯罪のにおいなくして、レンアイを楽しめる方法がある。つまり完璧なプラトニック。それも、次回に述べるこの『ライジング!』の楽しみのひとつなのである。
<つづく>