今回は無駄話なしで本題に入ろう。この物語をざっくり説明すると、昔高度な科学文明を誇っていた人類(地球の人類かどうかは不明)が、その技術を忘れ去り、大陸の真ん中に固まり住んでたら、そこに大地震が来ることがわかってわーわーやる話だ。

このままここに住んでたいら人類滅亡の危機なので、大移動をしなければならないが、科学が一般市民に忘れ去られているので、大神官のお告げとして人民をあおっちゃえばいいじゃん! じゃあ大神官、誰にする? ということで白羽の矢が立ったのが、イリスだ。モデスコ王と実妹ルキソーヤの息子で、ルックスは儚げで神秘的。「あくびをしても神々しい」とな。母が死んで、モデスコ王に引き取られたら、すでに王子として認められているタジオンと王位を争うことになるし、ちょうどいいじゃん、ということで無理矢理、大神官にさせられた(最終的には自分の意志だけど)。

イリスは、自分の存在自体が罪だと思う。いつまでも母ルキソーヤを忘れないモデスコ王に加え、自分が王妃やタジオンを苦しめている。幻視の能力もないのに大神官の地位を与えられた。あー、やだやだ人生なんて……というアンニュイで美しく、そして聡明なイリス。すばらしい。儚げなルックスで「大神官」というのがいい。神と結婚した男。なんだかムダな性欲がなさそうじゃないですか。

現実社会では、たまに治療師や教祖と名乗る男なんかが女に乱暴してニュースになったりしてるけど、女からしたらそうした職業の男たちは、性欲のなさそうな、安全そうな感じがするので騙されやすいのかもしれない。そこら辺の男が「服を脱げよ」とか言ったら「なんでだよ!」と警戒心が湧くけど、こういう人らが言ったら「治療なのかな?」「祈祷なのかな?」と、いつまでも自分を騙すことができる。もちろん、ホントに邪念のない治療師や宗教家もたくさんいるから、「疑ったら悪いかも」なんて思ってしまう。エロ欲求を達成したいための悪事って本当に腹が立つな。

もちろんイリスはアンニュイだから、ムダな性欲なんかありません。女装だってバッチリ。そして女装が似合う男というのは、少女漫画にはこれまたよく出てくるけれど、ひとつ共通点があるのだ。それは「女装する男は頭がいいこと」。『エイリアン通り』のシャールくんも、女装ばっちりの美少年だったけど、4年も学年をスキップして大学に入るほどの秀才だ。少女漫画で、おバカさんが女装趣味(またはお洒落好き)では「もっとほかにやることあるだろう」と思ってしまうが、中身がギッシリ詰まっていれば、中性的なルックスはむしろ加点だ……それにムダな性欲がなさそうだから。勉強をいっぱいして理性的で線の細い男。うん、どう考えてもムダな性欲がなさそうだ。

でもそれだけじゃなく、谷の技術をこっそり外国に売ったり、禁忌を犯してみたり、目的のためなら手段を選ばない、やんちゃで自由なところもある。いつでもノロノロ悩んでるわけじゃないのだ。というわけでイリスがかっこいい件はこれまでにして、最後にとてもステキなシーンをご紹介しよう。

タジオンとその婚約者フェーベとタジオンの母、王妃とのやりとりだ。腹心の部下に裏切られたと思ったタジオンが落ち込んでいると、フェーベが夜、部屋にやってくる。婚約者とはいえ、自分の片思いだと思っていたタジオンは、うっそー、ラッキーと思い、押し倒す。するとフェーベが、部下の養護を口にするのだ。そんなことを言いに来たのかとタジオンは怒って、二人はケンカになる。

翌日、タジオンが王妃のところへ行って「あんな部下をかばうなんて、フェーベはバカだ」と愚痴る。すると王妃は「ほんとうにバカな子ね、フェーベは。利口な娘なら、どんな愛しい男のもとへだって忍んでいったりはしないもの。その上娘らしい恥じらいからつまらない言い訳をするから、この有様。お前(タジオン)の顔はしばらく見たくない」と言う。

好きな男と初めての夜、女は体に異物を入れる覚悟なのだから緊張度合いも高いのだ。フェーベみたいにいらんこと言っちゃうことだってあるだろう。そこら辺は男がくみ取ってやれよ、と女は思う。そして王妃は、こういう時に徹底的にフェーベの味方をする。夫に振り向かれず不遇な場合、満たされない思いを息子に託す女も多いだろうに、この王妃の大人っぷりは尋常じゃなくかっこいいのだ。こんな姑がついてくるなら、多少バカなタジオンとだって結婚してもいいよ。何があったって、王妃がすべて取りなしてくれるし、自分をわかってくれそうだ。

ダメなものにはフォローが入り、大神官はアンニュイでかっこいい。出てくる男は全員一途で、なんと楽しい物語であることか。しかし、残念なことに作者の佐藤史生は、今年の春にお亡くなりになられたそうだ。彼女の作品はどれも重厚で構成がよく、人物が魅力的。コミックスはすべて廃刊で、中古は高額。ぜひ復刊をしてほしいなあということで、取り上げてみました。みなさん読みたくなったかな?
<『夢見る惑星』編 FIN>