18番札所「恩山寺」から19番札所「橋池山 立江寺(きょうちざん たつえじ)」まで約4.5km。歩いて約70分。歩いていると、途中にお赤と白の6角形の京塚というのがあった。

京塚。なんだか"それらしい"雰囲気!?

京塚にはこんな謂われがある。なんでも、1700年ころに島根県に暮らしていた主婦のお京という人が不倫したそうだ。お京は不倫相手の長蔵とともに夫を殺害。そして駆け落ちしたのだという。2人は死のうとしたが死にきれず四国巡礼の旅へ出かけた。そして立江寺にたどり着き、お参りをしようとしたら、お京の髪が鈴の緒に巻き付きとれなくなった。住職に助けを求めて、罪を白状して懺悔したら、あら不思議。鈴の緒に巻き付いていた髪の毛は頭の肉ごともぎとられたものの、かろうじて命は助かった。それで2人は改心し、出家して庵を結んだ。その庵が、この京塚なのだそうだ。つまり、お京はこの寺で天罰を受けたということになる。

しばらく進むと白鷺橋という赤い橋があった。この橋は、立江寺の伝説と関係ある橋。立江寺は、天平年間に聖武天皇が奥さんの光明皇后の安産のために行基和尚に命じて地蔵菩薩を刻ませ、本尊として建てさせたお寺。お堂建立の際、どこからか飛んできた白鷺が橋の上に留まり、建立の場所を示したといわれている。当時橋に留った白鷺が示した場所は、現在の奥之院がある場所とされている。それ以来、白鷺が橋に止まっている時に白鷺橋を渡ると罰があたるといわれている。その後、弘法大師が逗留して、本尊の地蔵菩薩が小さいので新たに地蔵菩薩を刻んで元の地蔵菩薩をその体内に納め、19番札所と定めた。お堂は、天正年間に長宗我部元親の兵火で焼けたので、現在の場所に建て替えられたそうだ。

橋を渡り、しばらく店が建ち並ぶ道を進むと立江寺の仁王門にたどり着いた。立派な仁王門だ。ここ立江寺は、四国八十八カ所に4つある関所寺の1つ。いわば信仰的な意味での関所で、実際に関所が置かれるというわけではなく、悪事を犯したお遍路や、邪悪な心を持つお遍路は罰を受け山門から先へ進めないと言われている。他の3つの関所寺は、27番札所 神峰寺、60番札所 横峰寺、66番札所 雲辺寺。

立江寺本堂

立江寺仁王門

大師堂の右手には、黒髪堂と書かれた小さなお堂がある。そのお堂に鈴の緒に巻き付いたというお京の髪の毛が祀られているという。覗き込んでみると確かに、髪の毛の絡みついた鐘の緒を見ることができた。ちょっと不気味だ。

タルト&ういろ

本堂と大師堂とお参りをすませたら、今夜泊まる宿が心配になった。20番札所の鶴林寺が難所だときいたので、本当は20番札所に近い"金子や"という宿に泊まろうと思い電話したら「立江寺からだと歩きだと3時間かかるよ」と言われてあきらめる。立江寺さんに聞いたら、宿泊できるというので今日は立江寺に泊まる事にした。一泊2食付きで6,000円。広くてきれいな和室なお部屋だ。まだ夕食までに時間が少しだけあったので荷物を部屋において散歩に出かけた。白鷺橋近くの和菓子屋さんで前から興味があった"タルト"と"ういろ"を買って食べた。この"タルト"はなぜかあんこのロールケーキのようだったが、おいしかった。

宿坊

宿に戻り夕飯を食べる。こちらもおいしい。デザートには、みかんと和菓子(また!)が付いていて得した気分。浴衣は250円でレンタルだそうだ。宿泊者は本堂の中に入れるので、近くでご本尊のお地蔵様を拝めた。うれしい。天井を見上げると合天井できれいなお花の絵がたくさん描かれている。東京芸大卒の画家さん達に描いてもらったものだそうだ。

翌日、難所と言われる20番札所の鶴林寺に向けて、早々と出発した。