フィアットのコンパクトカー、フィアット500がようやく日本に登場した。フィアット500というよりも、「チンクエチェント」と紹介したほうがわかりやすいかもしれない。あのフィアットの名車が現代によみがえったわけだ。チンクエチェントを知らないという人でもアニメの"ルパン三世"に登場するよく走る小粋なクルマと言えばわかってもらえるだろう。チンクエチェントのファンは本国のイタリアだけではなく、日本にも熱烈なファンがいるが、その多くが日本での発売を待ち望んでいたはず。じつはこのクルマはイタリア・トリノで2007年7月4日にデビューしている。その日は先代モデルの誕生からちょうど50年目に当たり、それに合わせて新型をデビューさせたわけだ。それから約8カ月たって日本でのデビューとなったわけだ。

フィアット500の試乗会は珍しく都内での開催。東京・港区元赤坂の明治記念館が試乗会場で、"和"と融合させたディスプレイが美しい

1957年に登場した初代は、爆発的なヒットを記録した

初代フィアット500はダンテ・ジャコーザ(Dante Giacosa)のデザインによって1957年に誕生した。戦後の混乱や困窮から脱却し、イタリアが成長期に向かう時代に国民の愛されたのがフィアット500。イタリアの国民車と言っていいクルマなのだ。それだけに今でも愛され、その復活を望む声が大きくなってよみがえったわけだ。ただし、古きよき時代のレプリカというわけではない。最新のテクノロジーを投入しながら、エクステリアは初代を連想させるようにリデザインされている。フィアットも「500のように見える」クルマではなく、「500になりえる」クルマとして開発したとアナウンスしている。単なるノスタルジックではなく、現代版チンクエチェントとしてリリースされたわけだ。それと財政的に厳しいフィアットの救世主になってくれればという思いもある。かつてのビッグヒットのようになれば、ファアットのパートナー探しといった話題も聞かれなくなるだろう。

全長はトヨタのパッソよりも短い3545mmだから、日本の軽自動車規格の全長3400mm未満に近い長さだ。全幅は1625mmとこれもパッソよりも狭い。ミニの全長は3700mm、全幅1685mm、全高1430mmだから、ミニのほうがひと回り大きいことになる

クロム仕上げのバンパーデザインとライセンスプレートのカバーが初代をイメージさせる。ライセンスプレートのカバーはじつはリヤハッチのハンドルで、内側にオープナースイッチが付けられている

とてもキュートな顔。初代のチンクエチェントを知らない世代でも、このかわいらしいスタイルに魅力を感じるはずだ

初代をイメージさせるポイントがこのフィアットのエンブレムとクロムのラインだ

7丸いヘッドライトの下はフォグランプではなくクリアランスランプ。フォグランプはバンパー下のロアグリル両側に付けられている

フィアットはこのクルマをリリースするにあたって入念なローンチ活動を続けていた。それは2004年のジュネーブモーターショーからだった。ショーで『3+1 (トレピューノ)』コンセプトカーを登場させ、市場の反応を見た。フィアットが得意とするコンパクトカーの技術を使い、新型フィアット500の登場を予告。このコンセプトカーは、多くのファンからラブコールが贈られ、チンクエチェントの復活が確実になった。2007年7月にローンチされたときにはイタリア国内だけではなく、ヨーロッパ全体でも注目を浴びてヨーロッパのカー・オブ・ザ・イヤー2008を受賞している。このクルマはイタリア本国で生産されているのではなく、ポーランドのティヒ工場で生産されている。

初代同様にボディサイズに比べてグリーンハウスは小さくデザインされている

固定式のガラスルーフはラウンジ、限定車のラウンジSSともに標準装備。スカイドームと呼ばれるガラス製の電動サンルーフは日本仕様に設定されていない

ガラスルーフ内側にはサンシェードを備えている

日本でリリースされるフィアット500は基本的には"ラウンジ"とネーミングされた1グレードだ。1240ccの直列4気筒SOHC8バルブエンジンを搭載した、ATモード付き5速シーケンシャルトランスミッションのモデル。ボディはもちろん3ドアのみで、右ハンドル仕様。今回の日本導入を記念して特別限定ローンチモデルのラウンジSS(スペシャルシリーズ)も販売されるが、これはたった200台の限定車。標準車は225万円のプライスだが、限定車はフロントフォグランプやクロム仕上げヒーテッド電動ドアミラー、ボディ同色サイドモール、フルオートエアコン、そしてリヤパーキングセンサーといった充実した装備が追加されて、たった8万円高の233万円。買い得感が高いからチンクエチェントの購入を考えているなら、即限定車をオーダーしたほうがいい。

バックドアのハンドル部分にも"500"の文字が刻まれている

エキゾーストエンドはユニークな楕円形状で、もちろんこの部分もクロムメッキが施されている

ボディ同色のサイドモールは200台限定車のラウンジSS。ここにもクロム仕上げの500のエンブレムが付く

試乗する前に、まずはエクステリアデザインを楽しみたい。このクルマの魅力はデザインにあるといっても過言ではないからだ。コンパクトな3ドアのスタイルはチンクエチェントそのもので、初代のイメージをうまく再現している。特にフロントのボンネットフードの造形は初代を強くイメージさせる。その下のノーズ部分には初代と同様のエンブレムが装着され、その両側に配置された丸いヘッドライトもかわいい。初代の逸話など知らない若い世代にとってもキュートなデザインのコンパクトカーとして受け入れられるはずだ。ちなみにヘッドライトの下に付けられている丸いランプはフォグランプではなく、クリアランス(車幅)ランプ。限定車のSSに装備されるフロントフォグランプはロアグリルの両端に装備される。リヤから見ると現代のチンクエチェントであることがわかる。デザイン上の特徴は、初代のナンバープレートランプホルダーを再現したクロム仕上げの大型テールゲートハンドル。クロムパーツをあしらうことで、うまく当時の雰囲気を表現している。

リヤコンビランプのデザインも初代をイメージしたもので、とてもシンプル

シートのデザインもレトロモダンな雰囲気。だが安全性能はもちろん現代基準で、乗員拘束効果がより高いダブルプリテンショナー式の3点式ロードリミッター付きフロントシートベルトを標準装備している。前席サイドエアバッグや前席ウインドエアバッグも装備しているため、ユーロNCAP衝突安全テストで5つ星を獲得

ボディサイズが小さいだけにリヤシートのスペースはやはり狭い。だが、女性ならば4人乗車でなんとかロングドライブができる広さは確保されている。乗車定員はミニと同じ4人だ

リヤシートのバックレストはリヤウンドーに合わせて低くされているので、リヤシートに乗るときには頭の位置の合わせてヘッドレストをこのようにきちんと調節したい

インテリアの中でもインパネはまさにレトロモダンの代表例。ホワイトパネルを大胆にはめ込み、500のエンブレムなど光り物のクロムパーツを使うことで初代を感じさせながら現代流にアレンジしている。プラスチック類はコンパクトカーの平均的な仕上がり具合なのだが、こうしたデザインで質感を大幅に高めているのだ。フィアットのコンパクトカーというと質感の面で追いついていない感があったが、チンクエチェントはまったく違う。スイッチなど操作感は上級コンパクトカーと比べても遜色がない。こうした部分からも、フィアットがどのような思いでチンクエチェントを復活させたのかがわかる。

インパネのデザインもとてもキュート。安っぽさはまったくない

オーディオコントロール付きホワイトレーザーのステアリングもかっこいい。汚れが心配になるが、清潔感があるホワイトは女性に喜ばれるはずだ。ステアリングセンターにはフルサイズのエアバッグが納められている

見やすい1眼式で外側にスピードメーター、そのうち側にタコメーター、センターにマルチインフォメーションディスプレイをレイアウトしている

インパネセンターの上部にオーディオ、下にエアコンの操作パネルを配置している。そのどちらもうまくレトロモダンなデザインに仕上げられ、スイッチの操作性もいい

現代版のコンパクトカーとしては軽量な1010kgの車重のため、69馬力の1.2Lエンジンでも結構軽快に走る。だがATモード付き5速シーケンシャルトランスミッションの"デュアロジック"を、どのように感じるかで走りの評価は大きく違う。このミッションは通常のマニュアルミッションにアクチュエーターを組み合わせて自動変速させるため、変速時には通常のMTと同様にクラッチを切りギヤを切り替える。一時的に加速感が途切れるので変速時にギクシャクするのがネック。フィアットはこのシステムが好きで、チンクエチェントのベースとなったパンダやグランデプントなどにも採用している。もっともヨーロッパの小型車は、日本メーカーも含めて伝達効率の高さからMTベースのオートシフト機能付きを搭載したモデルが多い。フィアットのデュアロジックも進化してかなり賢くなった。以前は高速道路での合流加速でアクセルを踏み込むと、ギヤチェンジのたびに大きくピッチングするようなギクシャク感があったが、このチンクエチェントはそれが抑えられているが、まだ少しだけギクシャク感が残っているのだ。

自動防眩ミラーも標準装備

シンプルなデザインだが、ドアポケットも付けられていて使いやすい。ドアハンドルもメッキ加工されている

ペダル配置は適切で操作しやすい。シフトレバー部が張り出した形状なので、この部分がニーレストになるためスポーツ走行で踏ん張りやすい

センターコンソール部分には小物入れを装備している。薄型のETCならばここに装着できそうだ

だが、市街地走行など力強い加速を必要としない場面では、変速のモードを"エコ"にするとこのギクシャク感はほとんど気にならなくなる。発進して周りの流れに合わせるような加速をすると1速は約3000回転でアップシフトされ、2速や3速では約2000回転でアップシフト。回転抑えてアップシフトするため加速感が途切れる感じがなく、比較的スムーズな走りが楽しめる。もちろんエコモードでもアクセルを大きく踏み込めば、変速ポイントが変わって力強い加速力が得られるので追い越しなどでもたつくことはない。

リモコンキーにはこのようなカバーを付けることができる。いろいろな種類が用意され、3種類が1セットになっている。1セット8,400円

フィアットのロゴは変化を続けているが、現代版のチンクエチェントにはもちろん現在のロゴが使われている

ディーラーオプションで用意されているボディストライプは2万7,300円、ルーフ用ストライプは2万4,150円、ルーフステッカーは3万5,700円。これらを組み合わせればオリジナルのチンクエチェントが出来上がる

また、インパネの中央に付けられているステアリングの絵が書かれたスイッチを押すと市街地走行や駐車が楽になる。このスイッチはパワステのアシスト量を変えるもので、"CITY"を選ぶと操舵力が軽くなるのだ。以前国産車でもアコードなどにアシスト量を可変するものがあった。これを押すと駐車時のステアリング操作が軽くなるので操作遅れが少なくなり、女性でも楽に駐車できるはずだ。

ディーラーオプションの中でもユニークで、ぜひ手に入れたいのがボディカバー。初代をプリントしたもので駐車中にカバーをしておけば、初代モデルも所有した気分になれる? 7万1,400円

ボディサイドモールの端に付けるエンブレムも各種用意されている。1万920円から1万1,025円

ラゲッジスペースはそれほど大きくはないが、2人分の旅行バッグならば納められる

5対5の分割可倒式。バックレストが倒れるだけなのでフロアには段差ができてしまう

このチンクエチェントのライバルとなるのはやはりBMWのミニ。225万円というプライスはライバルを相当意識したもので、ミニONEの6速MTが218万円、CVTが231万円というのを見ればわかる。チンクエチェンとのオプションもミニ同様にボディストライプやバッジ、リモコンキーのカバーケースなど多彩だ。両車の魅力はこうした多彩なオプションやボディストライプなどを組み合わせて、自分だけのオリジナルカーを作れること。さて、あなたはどちらを選ぶ? ミニ、それともチンクエチェント?

フロントフードはこのようにヘッドライト上部からフェンダーにかけて開く

日本には今のところ1.2Lエンジンしか導入されていないが、近く1.4L 16バルブの100馬力仕様も導入される。本国には1.3L 16バルブ(75馬力)のDPF付きのディーゼルターボも用意されている

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員