「"無限"とは"時間"や"時空"ではなく、"想い"なのだと感じています。限りの無い"想い"。それは"永遠"と呼んでもいいものだと思います」

俳優・木村拓哉にとって『武士の一分』(06年)以来、約10年ぶりの時代劇主演となる映画『無限の住人』。沙村広明氏の人気漫画が初の実写化、さらに木村と三池崇史監督の初タッグということもあり、メディアは大々的に取り上げた。SMAP解散騒動で日本中に激震が走った2016年1月、木村は不死身の侍・万次をようやく演じ終える。2015年10月5日、映画化が発表されたあの日から、どれだけの人がこの作品を話題にしてきたのだろうか。冒頭にあるのは、「無限とは?」に対する木村の答えだ。

公開初日を迎えた2017年4月29日、舞台あいさつの壇上で「客席の皆さまのものになりました」と引き締まった表情で呼びかけた木村。今回の連載は「∞」になぞらえ、8名のスタッフの証言をもとに、『無限の住人』が「皆さまのもの」になるまでの「無限の想い」をまとめた取材記録である。

2人目は、スケジュールや予算など制作全般の進行を管理した坂美佐子プロデューサー。これまで数々の三池作品を手掛けてきた"右腕"ともいえる人物だ。連載第5回は、そんな裏方の「トラブルとの向き合い方」について。

雪予報の対処法

乙橘槇絵役を演じた戸田恵梨香

――本作は、人気の俳優が数多く出演しています。スケジュール調整も大変だったのでは。

それぞれの俳優のスケジュールを押さえた上で香盤を固め、予算も含めてすべて成立させてから撮影がスタートします。それよりも困るのが天気です。あらゆる可能性を考えると、予備日はいくつあっても足りない。最悪の場合、撮影を入れ替えればいいんですが、両方が雨の場合はどうするのか。2015年末から2016年1月17日までの撮影で、京都では雪の予報もありました。これは予想外でしたね。

戸田(恵梨香)さんが屋根の上から落ちるシーンがあるんですが、撮影のタイミングがちょっと雪が降る可能性のある時期だったので、屋根の部分だけは新たにセットを作り込みました。

――えっ! そうだったんですか。

はい(笑)。木村(拓哉)さんや(杉咲)花ちゃんが窓から飛び降りるシーンは現場で撮りましたが、戸田さんのシーンはセットです。建てるのは3~4日かかるので、雪が降ってからでは遅い。高さのある場所での降雪は危険を伴いますし、思い切った決断が必要でした。

ただし、セットを作ると当然お金もかかるので、予算のやりくりをしないといけません。すべてガチガチの予算で進めていくわけにはいかないので、Aで使うものをBに持って来て、その補填を別のところから持ってくるとか。そんな計算を常に考えています。

さらに言うと、セットは屋根のみなので、今度は合成が必要になる。VFXの予算がかかって……みたいなことです。

木村拓哉の終電との戦い

――そういったことが大小含めて無数にある。

そうですね。今日撮影が長引くと、「お弁当どうしよう」とか。それが何日も続くと、「ロケ費大丈夫かな」とか。心配は尽きません。

――大黒柱的な存在ですね。

プロデューサーですからね。監督とは役割を分担していないと、現場が回りません。楽しんでいる三池崇史を見て、みんながそれに吸引されて作品がどんどん加速していく。すべては、その楽しい空間にいる人たちを支えるために。それが私の仕事です。

――これまで数々の作品で、三池監督と共に歩んで来られましたが、そういった意思疎通もスムーズなんでしょうか。

そうですね。ただ、目的を同じにはできないんです。

例えば、監督があるシーンを2日間かけて撮りたい場合、私の立場上、反対しないといけないこともあります。セットを今日壊して、明日から別の建て込みをしないといけないとか、ロケの日程を組んでいたりとか。全体の進行はパズルのような状態で、それのどれが欠けても崩れてしまいます。

そういえば、監督が骨折、主役である木村さんがじん帯を切っちゃったこともありましたね(笑)。

終わったら木村さんを最終の新幹線に乗せないといけない。でも、そのままの格好で乗せられないから、ちゃんとメイクを落とす時間も逆算して。そんな感じで、監督とは一定の距離感を保ったまま仕事をしているという感じです。監督と言い争うことはありませんが、利害は完全に相反するんです。

2017年2月15日に行われた完成報告会見(左から三池崇史監督、戸田恵梨香、福士蒼汰、杉咲花、市原隼人)

三池組の"お母さん"

――毎日が小さなトラブル、苦労の連続ですね。

そうなんです。でも、実は苦労でもなく、楽しみでもないんです。それが「仕事」なんです。トラブルを解決していくのが、私の「仕事」なんです。大変なんて思っていたら、プロデューサーの仕事なんて務まらない。すごくたくさんお金があって、すごく時間がある人たちが集まっていれば、プロデューサーなんていらないでしょうね(笑)。

――なるほど。何か工夫していることはあるんですか。

そのかわりじゃないですけど、いろいろな情報が集まりやすいようにしています。だいたい100人ぐらいのスタッフがいて、アシスタントの子たちも含めるともっと大人数。困っていることとか、何気ない世間話でもいろいろなことが耳に入って来ます。情報が多ければ多いほど、より正しい判断ができるようになります。

―― 一人ひとりとのコミュニケーションが重要になってくる。

そうですね。みんなのおばちゃんであり、お母さん的な役割なのかもしれません(笑)。

――先ほどは大黒柱と表現しましたが、家計的なことも担うとなると、やはり「母」ですか。

大黒柱は監督で、私はどちらかというとお母さんですね(笑)。

■プロフィール
坂美佐子(さか・みさこ)
静岡県浜松市出身。映画プロデューサー。NHKエンタープライズを経て、現在株式会社OLM、OLMデジタル取締役。これまで、『極道恐怖大劇場 牛頭』(03)、『ゼブラーマン』シリーズ(03・10)、『着信アリ』(04)、『IZO』(04)、『妖怪大戦争』(05)、『スキヤキ・ウエスタン ジャンゴ』(07)、『クローズZERO』シリーズ(07・09)、『神様のパズル』(08)、『ヤッターマン』(08)、『十三人の刺客』(10)、『一命』(11)、『愛と誠』(12)、『悪の教典』(12)、『藁の楯 わらのたて』(13)、『喰女-クイメ-』(13)、『土竜の唄』シリーズ(14・16)、『神さまの言うとおり』(14)、『風に立つライオン』(15)、『極道大戦争』(15)、『テラフォーマーズ』(16)など、数々の三池監督作を手掛ける。

(C)沙村広明/講談社 (C)2017映画「無限の住人」製作委員会