これまでにも話題になってきた米国Googleの自動運転車。SF映画のような無人走行を実現させようというチャレンジで、多くの人に夢を振りまいてきた。しかし先日、世界をにぎわせたニュースだけは、その夢を少し覚ましてしまったかもしれない。自動運転車が初めて、自身の過失による交通事故を起こしてしまったというのだ。
米国Googleの自動運転車(AV)は、「X」(旧名称「Google X」)によって進められているプロジェクトだ。「X」はGoogleが秘密施設で難易度の高い次世代技術を開発するという野心的な試み。初めてAVの存在が報道されたとき、なぜIT企業のGoogleが自動車を作るのか不思議に思った人が多かったが、「X」は通常の新製品開発を行う部署ではなく、短期的な商品化にもあまりこだわっていない。強大な資金力を生かし、新製品という枠に収まらない歴史的な大発明をめざしているといったほうがいい。
無人で走る自動車であるAVは、まさに「X」らしいプロジェクトといえる。当初は懐疑的に見られることも多かったが、公道上で実績を重ねるにつれて、現実味のある技術とみられるようになり、最近では何らかの形で市販化されるのも時間の問題というのが大方の見方だった。カリフォルニア州やネバダ州などが次々とAVの公道走行を認め、多くの自動車メーカーが後を追うように自動運転技術を競うようになったことで、AVは優れた先駆者として評価されるようになってきたのだ。
そんな折の事故だった。状況はこうだ。AVは交差点を右折するため、道路の右端を走行していたが(米国なので右側通行だ)、道の端に積まれた土のうの手前で一旦停止。その後、AVが左側に出て先に進もうとしたところで、後方から走ってきたバスに接触してしまった。AVには必ず人間が乗車していて、いつでも自動運転を解除して人間の判断で危険回避できるようになっているが、このとき人間の運転者はバスが減速して道を譲ってくれるだろうと思い、なにもしなかったという。
AVは「プリウス」ベース、レクサス「RX」ベース、そして車体もGoogleオリジナルでプロトタイプと呼ばれている車両など、計50台以上が公道でテストを繰り返しており、すべてを合わせた走行距離は約200万kmにもなるという。この間、ぶつけられたことはあっても、ぶつけたことはなかった。しかし今回、事故の原因がAVにあることを米国Googleが認め、2月29日に公表。初の過失事故となった。
一連の報道を見て、驚いた、あるいは不思議に思った人も多いだろう。AVに乗っていた人間が「バスが道を譲ってくれるだろう」と思ったのは、いわゆる「だろう運転」という悪い運転の典型例だが、ヒューマンエラーとして起こりうることだと理解できる。問題は、AVがなぜ止まらなかったのか? 事故後、GoogleはAVのソフトウエアを改良したそうだが、その内容は「大型の車両は進路を譲ってくれる可能性が低いことを認識させた」というものだった。ということは、事故の時点では、AVも相手が譲ってくれるだろうという「だろう運転」をしていることになる。
いくらなんでもこれは変だと思い、さらに調べてみたところ、DMV(カリフォルニア州の車両管理局)の報告書がインターネット上で公開されていた。それによると、そのとき信号は赤で、直進車両は停車しており、右折するAVはその右側を進んだ。そこで土のうがあったので停車し、左側の車列が動き出して何台かの車両が通過した後、その車列に割り込んで入ろうとして、バスと接触したという。つまり、2車線の道路が1車線に減少しているところで、合流するような形になっていたのだ。
ここで注目すべきもうひとつのニュースがある。それは数カ月前のニューヨーク・タイムズ紙に掲載された記事で、AVが安全運転をしすぎるために事故を引き起こしてしまうことがあるという内容だった。簡単にいえば、法規上は一旦停止が義務づけられているが、現実には誰も停止しないようなところでAVが律儀に停止するため、停止を予期していなかった後続車が追突してしまうといった事故があるのだ。
さて、ここからはまったくの推測になる。無人の自動車が街を走り回れるようになることを本気でめざすGoogleは、AVに法規的な意味の安全運転を教えこむことに成功し、さらにステップアップして、もっと「現実的な運転」をマスターさせようとしているのではないだろうか? 今回の事故のケースでは、法規的な安全運転に徹するなら、左側の車列が完全に途切れるまで待ってから発車するのが正しい。しかし交通量の多い場所で、そんな杓子定規なことを言っていたら、1時間も待たなければいけないかもしれない。そうなれば、AVの後ろについた後続車が苛立って無理に発車するなど、円滑な交通の流れを結果的に乱すことにもなりかねない。
車線が減少する部分で渋滞が起きている場合、法的に優先権のない車線の車両も順番に割り込ませるのが常識だ。人間のドライバーなら、こういうときは後方の車両のドライバーとアイコンタクトを交わし、譲ってくれると確信した上で車線を移す。Googleはこういったアイコンタクト、あうんの呼吸、法規とはまた別次元の交通マナーといったことまでAVに教え込ませようとして、今回は失敗したのかもしれない。だとすれば、自動運転の進化に驚くと同時に、ここが自動運転の限界という念も禁じえない。
自動車メーカーが進める自動運転技術にも影響するのか?
今回の過失事故の公表を受けてのさまざまな報道を見ていると、この事故によって自動運転技術が窮地に陥ったとの論調も見受けられる。日本をはじめ、世界中の自動車メーカーが開発中の自動運転についても影響が出るとの見方もある。しかし、AVはトータル200万km以上走行して初めての事故だ。客観的に見ても事故率は低く、このたった1回の事故で自動運転がダメだということにはならないだろう。このレベルの事故率でダメだというなら、世界中のほとんどの交通機関はダメということになるのではないだろうか?
また、自動車メーカーの自動運転技術への影響についても、短絡的な判断は禁物だ。そもそも自動車メーカーのめざす自動運転と、Googleの実現しようとする自動運転は意味が違う。自動車メーカーは追突を防止する自動ブレーキ、車線逸脱を防止するレーンキープなど、人間のドライバーをサポートする技術、予防安全技術の完成をめざしており、それを成し遂げていけば、結果的に完全な自動運転に行き着くとの姿勢だ。一方、Googleは最初から自動運転をめざしており、ドライバーをサポートするという発想はない。
このように書くと、筆者が自動運転に好意的で、その未来を楽観視しているかのようだが、それは違う。今回の事故によって、自動運転の難しさが改めて明らかになった。
よくよく考えてみると、自動運転車が公道を安全に走行するためには、ドライバー同士のアイコンタクトや運転マナー、臨機応変な判断、あるいは人間的な要領の良さといったファクターまでマスターしなければならないのもしれない。そんな懸念が、今回の事故から見えてきたのだ。しかし、これは非常に難しい。仮に自動運転車がそれをマスターできたとしても、自動運転車と対峙した人間のドライバーは、自動運転車とアイコンタクトで意思疎通することが可能だろうか? AVはすでに200万km以上走行しているが、その距離をさらに延ばした上で、検証しなければならないことがまだまだ多いようだ。
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