"茶の湯"の所作や心得、教養を学び、また癒しを得ることで、ビジネスパーソンの心の落ち着きと人間力、直観力を高めるためのビジネス茶道の第一人者である水上麻由子。本連載では、水上が各界のキーパーソンを茶室に招き、仕事に対する姿勢・考え方について聞いていく。
第19回は、伊勢志摩のあこや真珠養殖にルーツを持つ真珠を用いたパールジュエリーブランド「SEVEN THREE.」を展開する、サンブンノナナ 代表取締役社長の尾崎ななみ氏。取引対象にならなかった「いびつな形の真珠」に価値を見出した経緯、茶道に通じる哲学とは。
モデル・タレントとして活動後、「ミス伊勢志摩」に
三重県志摩半島の南部、リアス海岸が織りなす穏やかな英虞湾。真珠王とも呼ばれた実業家、御木本幸吉氏が世界で初めて真珠養殖に成功した歴史ある地だ。尾崎ななみ氏の祖父はこの海で70年以上にわたり真珠養殖業を営んでおり、幼いころより同氏の遊び場でもあった。
とはいえ、家業を継ぐ考えがなかった尾崎氏は、高校時代に友人の勧めで応募したモデルオーディションに合格したことをきっかけに、卒業と同時に上京。「ミス東京ガールズコレクション」において特別賞を受賞し、日本代表としてアジア大会に出場した。これを契機に、天気キャスター、音楽番組のナビゲーターやアシスタント、レポーターなど幅広い活動を行う。
だが尾崎さんは、自分の表現活動を長期的キャリアとして捉えられず、事務所の退所を決意。三重で暮らす祖母の「活動を近くで見たかった」という言葉を思い出し、「ミス伊勢志摩」に応募した。ここで第58代目のグランプリを受賞したことが、一度離れた故郷と、そして祖父の仕事と向き合う大きな転機となった。
「伊勢神宮の式年遷宮の年にミス伊勢志摩として1年間活動し、式典への参加やテレビ取材など、地域に関わる場に携わりました。通っていた高校は神道系でしたので、もしかしたら“導かれた”のかもしれませんね」(尾崎氏)
祖父の真珠養殖を手伝う中で気づいたこと
「ミス伊勢志摩として活動する以上、家業でもあり伊勢志摩の特産品でもある真珠の背景や価値を、きちんと理解しておきたい」と考えた尾崎氏は、祖父に頼み、真珠養殖の仕事を手伝い始める。
「三重に帰省している際には家業の現場で学びましたが、本当に価値のある時間になりました。真珠を養殖するためには、まずアコヤ貝を2年ほど育てる必要があります。そこから核と細胞を挿入し、半年から1年半養生させると、中から真珠が採れるんです。一粒を作るのにだいたい3~4年かかるんですね。“自然と人がつくる神秘”なんですよ」(尾崎氏)
だが尾崎氏は、真珠養殖について触れることで真珠業界の“当たり前”に対する疑問も感じ始めた。そこで尾崎氏は、真珠の卸売りを続けてきた祖父に「自分たちの手で販売に挑戦させてほしい」と相談し、新たな販路の開拓を進めることを決める。
「ブランドの立ち上げに、祖父からの反対はありませんでした。でも、あとから『うまくいくとは思ってなかった。でもやってみたいなら挑戦してみたらいいし、一緒に真珠の仕事がしたいと言ってくれたのはすごく嬉しかった』と伝えられました」(尾崎氏)
海と人が作りだした神秘「金魚真珠」
こうしてパールジュエリーブランド「SEVEN THREE.」を立ち上げた尾崎氏。そのコンセプトは「すべての真珠の個性を唯一無二の造形美として扱う」という点にあった。
「真珠業界の基準は長らく固定化されていました。最高の真珠を届けたいという業界の思いと、それによってクオリティを保ってきたという点は理解していますし、それは尊いものですが、販売の仕方も作り方も長年変わっておらず、曖昧なルールも多いんです」(尾崎氏)
そんなルールの中で、尾崎氏がとくに気になったのは“丸くて白い真珠”を最上とする価値観だ。ときおり生まれる“いびつな形の真珠”は、業界では『変型真珠』『バロックパール』と呼ばれ、これまでは形の整ったものが主流とされ、いびつな形のあこや真珠は市場に出ることがほとんどなかった。だが、それはあくまで業界内での慣習であり、世界的に基準が定められているわけでもない。尾崎氏はこの“いびつな形の真珠”に大きく惹かれた。
「いびつな形の真珠のなかに、尾びれをヒラヒラさせて泳いでいるように見えるものがあったんですよ。その形がすごくかわいいので、私は『金魚ちゃん』と呼んでいました。これらが業界では十分に評価されていないことを惜しみ、『金魚真珠』という言葉に、新たな価値観を込めて商標登録しました」(尾崎氏)
「唯一無二の希少性」がストーリーを生む
「金魚真珠」のような変形真珠は出現割合が低い。丸い真珠に対し、変形真珠の割合は約1割程度。金魚の尾びれのように見える特徴的な形を有したものはさらに少なく、1割未満だ。しかも、もともと販売されてこなかった真珠なので、参考事例もない。
金魚真珠の魅力をどう伝えるべきか――尾崎氏はさまざまなビジネス書を読みながら考えた。そして、規格外・売れないとされていた変型真珠の弱点を、ストーリーテリングによって「一点もの・再現不可能」「作りたくても作れない、唯一無二の希少性」という価値へ転換させるというアイデアに至る。
ここに「1粒ごとに産地を明記する(生産者直買い取り)」「ファミリービジネスの文脈(祖父から孫へ)」「眠っていた資源の活用(SDGs観点)」などの切り口を加え、「SEVEN THREE.」はエシカル系メディアを中心に注目を集めることになった。
「お客様からは一番評価されるのは、やっぱり“唯一無二”という点です。『同じものがないので、長く大切に使いたい』という声が本当に多いんですよ。無くしちゃったら、もう同じものには出会えないから」(尾崎氏)
さらに尾崎氏は、Instagramを活用し「365日金魚真珠」という形で商品を紹介するという試みも行う。
「金魚真珠はすべて形が違うので、Instagramで一日一個ずつ金魚真珠を紹介しているんです。そして1年間紹介し終えた後に、一斉に販売します。日付に意味を持たせることで、結婚や出産のお祝い、誕生日や節目などの記念品、贈り物として選ばれることも増えました」(尾崎氏)
他にはない形、色合いを持つ金魚真珠は、つけていると「それなに?」と聞かれることが多いそうだ。そこで購入者はブランドストーリーを語る。こうして「SEVEN THREE.」というブランドの魅力は、口コミでも拡がっていった。
一期一会の出会いに美を感じる日本ならではの感性
“いびつな形の真珠”に唯一無二の魅力を感じ、それをビジネスにした尾崎氏。これは日本独特の感性であるように感じる。海外では完璧なものが求められがちだが、日本はその素晴らしさを吸収しつつも、一期一会の出会いを大切にし、独自の文化を生み出す。
日々の生活の中で食器や道具に着いた傷を愛おしく感じる日本人は多いはずだ。例えばお茶の世界では、欠けた茶碗を金継ぎして新たな美を見いだしたり、形が歪んでいる茶碗に2度と同じものは作れないただひとつの美を感じたりする。これは日本人ならではの感性ではないだろうか。
尾崎氏のパールジュエリーも、そんなお茶の文化とすごく重なるように感じる。真珠は他の宝石と違って加工が少なく、アコヤ貝が作りだしたものがほぼ完成形だ。そんな自然が生み出す美に対する敬意を尾崎氏からは感じる。
「機械で作るものなら、均一でまん丸が良しとされるのも理解できます。でも真珠は海の恵みが生み出すものなのでいろいろな形があっていいし、形が違うからこそ、手に取る側も、その理由をより意識するようになるのではないかと思います」(尾崎氏)
リモートが可能になったからこそできる新しい働き方
室町時代に花開いた茶道だが、お茶のための工芸品が盛んになっていくのは徳川幕府が特産物育成の育成・進行を積極的に推し進めてからだ。そして参勤交代によって、各地方の特産物が江戸に届けられる。この政策は、各地方がそれぞれ独自の特色ある産業を持つことに繋がっている。
現在、尾崎さんは東京をベースとしつつ、故郷にも毎月帰るという2拠点生活をしているという。尾崎さんのような、地方と都会でアイデンティティが循環するような働き方は、いまの日本が参考にすべき点も多いように感じた。
「東京ではコワーキングスペースを拠点に、集まる多様な働き方の仲間と、それぞれの得意分野を生かしながらともに取り組んでいます」(尾崎氏)
真珠は、日本の宝石輸出を支える柱だ。これは130年前に御木本幸吉氏が真珠養殖を始めてから変わっておらず、海外での評価も一貫して高い。やはり日本人の気質に合った産業なのだろう。尾崎氏はこの真珠産業に、新たな価値観を加えようと挑戦を続けている。
「私はずっと、自分にしかできない仕事を形にしたいと考えてきました。人と異なる道を歩むには、自分の中にどれだけ多様な経験を積み重ねられるかが鍵になると感じています。私はいま、10代、20代で経験したことすべてを活かして仕事をしています。だから、これから自分の道を切り拓きたいと考えている方には、目の前の経験を一つひとつ、自分の糧にしてほしい。経験を組み合わせることで、自分だけの仕事のつくり方が見えてくると思います」(尾崎氏)








