さきごろ、ICCパートナーズは「ICCサミット KYOTO 2018」を開催した。経営者や経営幹部が議論したり学びを深めたりするビジネスカンファレンスだ。
今回はプログラム「社員/チームの可能性を引き出すためのマネジメントの秘訣とは?」を紹介したい。
マネジメントの秘訣
本プログラムは、独自の社員マネジメントを実践する企業の代表4人が集合し、マネジメントの秘訣を浮き彫りにする内容だ。事前に登壇者からキーワードを聞きだし、会場では来場者からweb上の質問フォームで質問を随時受け付けながら議論は進められた。
登壇したのはシーエー・モバイル代表取締役社長 石井洋之氏、LIFULL 執行役員 Chief People Officer 羽田幸広氏、ヤッホーブルーイング 代表取締役社長 井手直行氏、Takram コンテクストデザイナー/マネージングパートナー 渡邉康太郎氏だ。司会・進行は慶應義塾大学 SFC 准教授 琴坂将広氏が務めた。
やる気スイッチを探す
まず紹介されたのが、石井氏のあげた「やる気スイッチ」。
石井氏:普段からチームメンバーと近い位置で仕事を見ています。いいチーム、そうでもないチームもある中、マネジメントでは日々試行錯誤していて、社員一人ひとりのやる気スイッチはどこか? を常に考えています。
琴坂氏:スイッチを「探す難しさ」、「押す難しさ」「入ったままにする難しさ」もあります。このあたり、どうお考えでしょうか?
石井氏:まずは(スイッチが)入っているか、入っていないかを確認しますね。面談したり飲みに行ったりと、様々なコミュニケーションを通して状況把握を行い、それを定量化します。またモチベーションは、天気のように日々変化するので、「今」はどうなのか? を常に意識して見ています。
琴坂氏:定点観測でなく、絶えず社員を見続けるという意味ですか?
石井氏:一つは半年に一回の査定評価とその後に行う目標設定ですね。また当社サイバーエージェントグループは抜擢文化があり、そこでの成果によって社員のモチベーションは上下しますので、定期的にチェックする必要はありますね。
琴坂氏:可能性を引き出すということですが、スイッチがない、やる気がない場合はどうされるのでしょうか?
石井氏:大きく想定されることは二つあります。一つはチーム(場所)に合っていない。もう一つは仕事が合っていない、業務量が多いなどですね。人事からフィードバックをもらいながら、早めに職種やチームの変更などを行います。またWill・Can・Mustというフレームワークがありますが、面談を通して調整していくこともあります。
Will | 実現したいと思っていること |
Can | 何ができるか |
Must | 何をすべきか |
琴坂氏:スイッチを押す時はどうしますか?
石井氏:仕事を任せるという前提があれば、思い切って励まします。現在、事業部として10部門前後、総勢500人程度の組織を率いています。事業部には執行役員やマネージャーが存在し、彼らが部下を鼓舞するようにしています。
琴坂氏:一人ひとりに声をかけるのは難しいので、気になるメンバーを中心に声をかけるのでしょうか? また正攻法ですが何か秘訣はありますか?
石井氏:パフォーマンスが出ているメンバーはそのまま任せますが、そうではないメンバーには注意しますね。
石井氏によると、「2:6:2の法則」で6のメンバーに対し面談したり、適材適所を考えたりするそうだ。またサイバーエージェントグループでは、GEPPO(ゲッポー)と呼ばれる社員向けWebアンケートが毎月実施され、その声からマイナス信号を拾うなど、人事と連携して行っているという。
「やる気スイッチは人の判断だけで探すのでしょうか?」(聴講者の質問)と、琴坂氏の「GEPPOについてもう少し説明してもらいたい」という希望もあり、会場にいた石井氏の部下が回答した。
部下の方:月に1回、簡易的に従業員の声を集め、社員の気持ちの移り変わりを把握する集計システムです。2013年から運用しています。
井手氏:社員の声ですが、様々な内容があると思います。決まったテーマがあるのでしょうか?
部下の方:定点で聞くもの、時流・社流に併せて聞くものと二つあります。定点では、仕事のパフォーマンスがどうなのか自己診断で回答し、組織への貢献度を把握します。もう一つは、人事による毎月の会議で決め、パワハラなど時流・社流を組み込みます。なお、声は人事の役員しか確認できず、現場の上司も判りません。
石井氏:「上司と合わない」「辞めたい」など、耳の痛いこともありますが、対話を重ねて解決策を探します。全社員のやる気スイッチを探すことは現実的ではありません。「やる気ある社員」に仕事を任せ、アップサイド(売上・利益拡大)の視点で事業は作るものだと思います。
「具体的にはどんなスイッチ事例がある?」(聴講者の質問)
石井氏:インターネット広告の営業組織を見ていた時、営業職を続けることにストレスを感じる社員がいました。既存の商材だけでなく、もっと顧客の課題解決を行いたいと感じていたのです。そのため、やる気が低下し、転職も考えたいという状況でした。
このケースでは、プロダクトの開発に関わりたいという本人の希望があり、後任を作って異動を実現したそうだ。本人のモチベーションを高めた成功事例だろう。
他にも、コンテンツ事業のWebプロデューサーがモチベーション低下により、転職を希望し、飲みニケーションも含め対話する中で、人事への適正を感じたので異動してもらったそうだ。
石井氏:外見はアフロヘアで、全然人事じゃありません(笑)。でも、人をよく見ているし、観察力があるので、決断しました。今は事業人事のキーマンとして大活躍しています。対話を何度も重ねれば、見えてくるものがあり、それを活かした新しい環境で活躍するケースはあります。また、そうすることで転職希望の社員のおよそ7割は翻意します。
井手氏:ウチはビール会社なんで毎日飲み会をやってます。だから社員は辞めないんだ(笑)
信頼がベース
羽田氏のキーワードは、「内発的動機付け」「ビジョン」「信頼」。
羽田氏:弊社は経営理念、ビジョンを大切にしています。そして、それを実現する組織を作るため、会社のビジョンのベクトルと、個々のベクトルが合う人材を採用します。
羽田氏:人には「何かをやりたい」「こうなりたい」という(欲求の)ベクトルがあり、それをLIFULL社内では「内発的動機」とし、彼らに実現機会を提供するため採用を行います。
琴坂氏:採用時点で丹念に相手を見ていますよね。
羽田氏:特に新卒採用の場合、かなり志望動機を深堀りして聞きます。数週間、数箇月かけて対話しますね。
渡邉氏:面接では優等生的な模範解答が多いかと思います。そこから深堀りするための質問術はありますか?
羽田氏:当社を志望する学生と面接すると、教育事業を手がけたいという声が比較的多いです。例えば、いつからそう感じたの? と聞き、大学2年生になってからと回答があるとします。そこから就職活動を開始するまでに、何をしましたか? と尋ねるのです。そこで本気度合いが判ります。
渡邉氏:この学生は特にいいなーと思うエピソードはありますか?
羽田氏:採用するのは「いいと思う学生」だけですが、入社前の内定段階で事業を提案する学生もいますね。
「ビジョン・カルチャーフィットを重視すると、スキルが足りない場合があるのでは?」(聴講者の質問)
羽田氏:ビジョンはあるがスキルが無い、ビジョンは無くてスキルがある。どちらを選択するかとなると、弊社は間違いなく前者を採用します。
井手氏:自社の場合、スキルもミッションも満たさないと採用しないし、人手が欲しくても、そこは譲りません。
渡邉氏:弊社も同じですね。
羽田氏:ただ極論的に話しましたが、新卒採用ではあくまでビジョン・カルチャーフィットとポテンシャル、可能性を見ます。
そして、羽田氏はLIFULLの社員のキャリア構築に関する方法を解説した。
羽田氏:内発的な動機を明確化するため、半年に1度キャリアデザインシートを全社員が提出し、キャリアビジョンの棚卸しを実施します。社内だけでなく、社外含めて将来やりたい事を社員が考え、3年後、5年後の自分をイメージし、そのキャリアを実現するため、異動も含め考える機会を持ってもらいます。
「ビジョン、カルチャーを重視して新卒を採用した後、社内の方向性が変わった時に、多くの人が退職しました。ビジョン、カルチャー以外に何かないでしょうか」(聴講者の質問)
羽田氏:新卒の多くは基幹事業であるLIFULL HOME'S事業へ配属されます。けれど、キャリア選択制度を利用して異動したり、新規事業の提案も常に受け付けたりしています。配属の希望は聞くものの、まずは与えられた仕事で頑張ってもらいつつ、実力で新規事業の立ち上げや、子会社の設立などの機会を掴んで欲しいと伝えています。
異動希望や新規事業を提案できる機会があるため、社員が会社のベクトルにそこまで大きく左右されません。配属場所よりも、自分がやりたいことを重要視するので、社内の方向性はあまり関係ないのです。ただ、子会社を作り「やりたいこと」を実現後、経営が計画通りには進まなかったので、辞めるというケースはあります。
ここで渡邉氏より、ミッション・ビジョンの策定に伴うエピソードを聞きたいと、聴講していた氏の知人(企業担当者)へ指名が入った。
指名された方:失敗事例ですが、会社が30人規模だった時にミッション、ビジョンを作っていませんでした。その後、会社が成長して100人規模となるタイミングで行動指針(バリュー)を作ったら社内で猛反発が起こりました。混乱が収まる2年間ほどは、そのままとなり、最近ようやくバリューを刷新でき、現在社員への浸透段階です。
琴坂氏:これからミッション・ビジョンを刷新する企業へのアドバイスはありますか?
羽田氏:弊社は1997年に設立され、2005年(社員規模30~40名)に経営理念、社是、ガイドライン(行動指針)を、社員を巻き込んで4カ月ほどかけ策定しました。方向性は社長が提示し、それを全社員で議論。経営理念と社是は不変とし、ガイドラインは事業フェーズによって変化できるとしました。
刷新する前から社員と考える方法と、刷新した後に社員へ浸透させる方法があると思いますが、当社は前者をとっています。どちらの方法になるにせよ、当事者たちがいかに前向きに捉えるかがポイントになるでしょう。
石井氏:少し話が変わりますが、社名をネクストから、LIFULLへ変えた影響はありましたか?
※2017年4月に社名変更
羽田氏:正直、社内はざわつきましたし(笑)、社長に「以前の社名の方が良いのでは?」と伝える社員もいました。しかし、海外展開を考えた際に商標の関係で旧社名を使えないこともあり、社内公募で新しい社名を決めました。
旧社名を作った社長が、「つらい気持ちだが、必要があるので変える」と決断し、変更後3カ月程度で馴染みました。併せてオフィスを移転して、ブランドも統一して浸透し、採用面でもメリットが出てきたので、結果として良かったと思います。
「面接時と入社後のミッションフィットの判断は?」(聴講者の質問)
羽田氏:面接では、やりたいことの本気度とビジョンへのフィット度合いで判断しますね。入社後は、ビジョン浸透度アンケートやガイドライン浸透度アンケートを半年に1回集計し、その結果が悪い部署は上司とコミュニケーションを取って浸透の支援など行います。「経営理念に共感しているか」「行動指針に則して動いているか」などを聞き、社員へのビジョン浸透度合いを把握する指標としています。
LIFULLは、「挑戦しない言い訳ができない会社」を目指し、やりたいことを実現するチャンスを社員に提供できるよう、制度を設計し、設計だけでなく風土作りも大切にしています。
琴坂氏:聴講者から、LIFULLを説明するキーワードでよく聞く「薩摩の教え」について解説して欲しいとリクエストがあるので、お願いします。
羽田氏:風土作りも大切にする考えの一環で、江戸時代の島津藩の教えといわれる「薩摩の教え、男の順序」というものがあります。「挑戦して成功した人が一番偉い。次が、挑戦して失敗した人が偉い、次が挑戦を助けた人」という内容です。
失敗した人が二番目というのが味噌で、この教えを社長が折りに触れ紹介して挑戦を促し、実際に子会社でうまくいかなかった社員にもすぐセカンドチャンスを与えるなどし、企業風土の定着を目指しているそうだ。
羽田氏:フリーライダーという言葉があります。仕事を怠けて、労働対価以上の報酬を得ようとする社員のことを指しますが、このミドル版で、自部署の成果だけ考えるミドルマネージャーのことを、ミドルフリーライダーと呼んでいます。自部署だけでなく、全社に貢献してこそ真のミドルマネージャーとし、若い社員の部署を超えた会社をよくするための挑戦を止めるミドルマネージャーを戒めるため使っています。入り口の時点でしっかりビジョン、カルチャーを押さえ、挑戦し易い環境を用意することで今の会社があるのです。