何も買わず、終日の立ち読みを5日間続ける
「ゲームソフトを借りていった友人が翌日に引っ越しをし、ゲームソフトが戻ってこなかった」――。こういった理不尽な状況に遭遇して沸々とした怒りを覚えた経験を持つ人もいるのではないだろうか。
このケースのように、日々の生活において社会通念上、「モラルに反するのではないか」と感じる出来事に遭遇する機会は意外と少なくない。そして、モラルに欠ける、あるいは反していると思しき行為であればあるだけ、法律に抵触しているリスクも高まる。言い換えれば、私たちは知らず知らずのうちに法律違反をしている可能性があるということだ。
そのような事態を避けるべく、本連載では「人道的にアウト」と思えるような行為が法律に抵触しているかどうかを、法律のプロである弁護士にジャッジしてもらう。今回のテーマは「古本屋で一日中立ち読み」だ。
下記のような問題では、中年男性は何らかの罪に問われるのだろうか。安部直子弁護士に聞いてみた。
連日にわたる長時間の立ち読み問題
43歳の男性・Oさんは、とある中古本チェーン店の店長を務めている。元来の本好きが高じて今の会社に入社し、若くして店長に抜擢。売り場のレイアウトやポップを工夫したり、スタンプカードを用いた独自のプレゼントサービスを提供したりするなど、さまざまなアイディアを駆使して売上を増やす敏腕店長として、社内でも一目置かれる存在となっている。
そんなOさんを悩ませているのが「立ち読み問題」だ。最近、黄色のジャケットを羽織った中年の男性が連日のようにOさんの店に入り浸り、店の本を読み漁っているのだ。開店して間もなく来店した後、お昼前後に一度退店するが、1時間ほどすると再度来店。その後は夕方ぐらいまで居座り、何も購入することなく店を後にする。シフトの関係でOさんは毎日その中年男性をチェックできているわけではないが、気になったため他のアルバイト店員にヒアリングを実施したところ、Oさんが欠勤の日も来店していることが判明。少なくとも、直近で5日連続で来店しており、その間にお店で使った金額は0円のようだ。
Oさんのチェーン店では立ち読みは禁止していないが、正直、ここまで連日にわたる長時間の立ち読みはOさん自身も想定していなかった。立ち読み中の中年男性を注意しようにも、「ウチのお店は立ち読み禁止ですので……」とは言えないし、その男性は店員が近くに来ると読んでいる本を元の位置に戻し、辺りをキョロキョロするなど、いかにも「目的の本を探しています」的な挙動をとる。この行動も、中年男性への注意に二の足を踏ませていた。「ウチの店が金額面での直接的な害を被ってはいるわけではないが、これが今後も続くのは私の精神衛生上どうにも許しがたい……」とOさんは考えている。
「情報窃盗」は処罰の対象になるのか
本件で、Oさんの経営する古本屋に毎日通って立ち読みを続けている男性の行為が「違法」になる可能性はあるのでしょうか?
また店側としてはどのように対応すれば良いのか、考えていきましょう。
立ち読みしただけでは違法にならない
一般的に「立ち読みが禁止されていない本屋やコンビニ」で雑誌や本を立ち読みすることは違法ではありません。感覚的にも多くの人にとっても明らかでしょう。実際、本屋やコンビニでカバーや綴じ紐のついていない本や雑誌を立ち読みする人はたくさんいますし、そういった人が逮捕されたり「違法」と言われたりしているのは見たことがないはずです。
立ち読みが禁止されていない場合、店側は黙示的に立ち読みを許可しているので基本的には違法にならないと考えられます。客も「許されている」と認識して立ち読みをしています。
また本を読むことは「情報の盗み見」とも言えますが、刑法上「情報窃盗」は処罰対象になっていません。つまり情報だけを盗んでも窃盗罪は成立しないのです。
連続して長時間立ち読みしても違法ではないのか?
本件の中年男性は、毎日のように朝から夕方まで店に居座って立ち読みを続けています。5日連続の来店となっておりその間に一冊も本を買っておらず、購入する気はまったくないように思えます。このようなときにも「店から禁止されていないなら立ち読みは違法ではない」のでしょうか?
先ほどの考え方からすると、たとえ立ち読みが長時間に及んだとしても違法ではないと考えられます。店側が黙示的に許可しているとも考えられますし、そうでない場合であっても窃盗罪などの犯罪は成立せず、違法となる根拠が見当たらないからです。たとえ一日中立ち読みしたとしても毎日通ったとしても、「違法行為」と指摘することは難しいでしょう。
ただし、単に立ち読みするだけではなく以下のような行為があれば、男性の行為が違法となる可能性があります。
本を汚したら違法になる
お店で売っている本の所有権はお店にあります。客に立ち読みが認められているとしても、本を傷つけてはなりません。本を傷つけると「他人の財産への侵害」となり不法行為が成立しますし、刑法上の「器物損壊罪」が成立する可能性もあります。
立ち読み客が本を読んでいて汚したり破いてしまったりしたら、客は店側に損害賠償しなければなりません。通常はその本を購入していただくことになるでしょう。本件でも男性が本を汚したら店は男性に損害賠償請求が可能です。また、器物損壊罪で刑事告訴もできます。
また、店側が中年男性に対して注意したときの男性の反応によっては、以下のような「犯罪」が成立する可能性もあります。
・暴行や脅迫
Oさんや従業員が男性に「立ち読みをやめてください」と伝えると、男性が「何が悪いんだ!」などと叫んで暴れ出したり暴力を振るったりするかもしれません。また「本を読ませないなんて酷い店だ! 悪評をばらまいてやる!」などと脅す可能性もあります。このような場合、「暴行罪」や「脅迫罪」が成立する可能性があります。
・業務妨害
ネットなどに嘘の悪口を書いてお店の業務を妨害したら「偽計業務妨害罪」、店で暴れたり怒鳴ったりして営業妨害をすると、「威力業務妨害罪」が成立する可能性もあります。
・不退去罪
男性の立ち読みがしつこいので、店の従業員から「商品を購入する気がないなら、もう帰ってください」などと言われたにもかかわらず、しつこく店に居座ると「不退去罪」が成立する可能性があります。
・器物損壊罪
上述のように、男性が立ち読みの際に本を傷つけたり汚したりしたら「器物損壊罪」が成立します。
店側はどう対応すべきかをチェック!
Oさんら古本屋の経営者側としては、本件のようなケースでどう対応すれば良いのでしょうか?
非常識な立ち読みを許す必要はない
Oさんのお店では他のお客さんにも立ち読みを禁止していないため、中年男性にだけ注意することが難しくなっています。つまり中年男性が連日、朝から晩まで立ち読みを続けるといった非常識な行為をしても注意できないのは、お店で明示的に立ち読みを禁止していないからです。
Oさんと同じように本屋のオーナーさんには、「立ち読み禁止や制限を良しとしない」方が多数おられます。それは尊重すべき経営方針ですし、立ち読みを正面から認めることでお客さんを増やしている本屋チェーンなどもあるので、ビジネスとして間違った方向とも言えません。
ただ立ち読みを認めるとしても「程度問題」があります。度を超えた迷惑な立ち読みを許すつもりはないことがほとんどでしょう。本の所有権やお店の管理権は本屋側にあるので、非常識な立ち読みについては制限することが可能です。
立ち読みに関するルールを作る
立ち読みを全面禁止にしないのであれば、立ち読みに関するお店のルールを作るようお勧めします。たとえば「立ち読みは1人につき1日30分まで」「立ち読みは1人につき1日1冊まで」「他のお客様の迷惑になる立ち読みは禁止」「立ち読みの際には店員の許可が必要」などのルールです。
こうしたルールを作って店内に掲示しておけば、ルール違反のお客さんに堂々と注意ができますし、ルールを守らないお客様には店内からの退去を求められます。退去しない客には不退去罪の責任を問えるでしょう。
ポイントは「ルールを客にわかりやすく貼り出す」ことです。入り口や本棚などのわかりやすい場所に大きく貼り出して、お客様が「気づかなかった」「知らなかった」ということがないようにしてください。貼り紙があれば、お客様への抑止力にもなりますし、お店側が注意した際、お客様とのトラブルにもなりにくいはずです。
本屋やコンビニなどを経営されている方は、立ち読み対策としてぜひ今回の記事内容を参考にしてみてください。
※記事内で紹介しているストーリーはフィクションです
※写真と本文は関係ありません