何事も80%の力でよしとする

姫野友美先生のお話で、男性更年期障害によるうつ症状の正体はわかった。知らないうちは、姿の見えないお化けのようで、わけもわからず恐かったが、正体がわかれば、恐れることはない。きちんと治療すれば治るふつうの病気なのだと理解できた。とはいうものの、実際に男性更年期ではないか、うつ症状ではないかと感じたとき、いったいどうすればいいのか。予防と治療について、姫野先生にまとめていただいた。

まずは、予防について。「とにかく男性は働き過ぎ。少しは息抜きを」と、姫野先生はいう。昔だったら50代はもう隠居の年代だ。しかし今の社会ではまだまだ必要とされ、その分ストレスも多い。ストレスが、肉体と精神をもっとも蝕む。どこかでストップがかけられる女性と違って、男性は引き際を見極めきれず、過剰適応してしまい、気づいたらうつ症状にあるというケースが少なくないそうだ。とくに礼儀正しくて何でも完璧にやらないと気がすまない完全主義者の粘着質タイプや、NO! と言えずに自分さえガマンすれば丸く収まると考えがちなメランコリー親和型性格の人は、要注意だという。

「真面目はいいが、真面目すぎはダメ! 」と姫野先生は忠告する。真面目にやるべきところと、手を抜いていいところの緩急のメリハリをつけるのがうまい人はうつや男性更年期にもなりにくいそうだ。いつも全力投球している人は、いつかバッテリーが切れてしまう。だから「80%でやりなさい! 」。80%を出すには100%の力が必要だ。100%にするのは120%の力が必要になり、20%は貯金を崩すことになる。従って80%でよしとする気持ちでゆとりを持って臨めば、倒れなくてすむはず、と姫野先生はアドバイスする。

また、何かに一筋というタイプもよくない。そういう人は、一筋のものがダメになった時に自己評価がすべてダメになってしまうと考えてしまうので危険なのだという。むしろ、趣味をたくさん持って、"遊べる"人がうつ症状予防には良いそうだ。

最近ちょっと変わった……時の周囲の気配りとサポートが大事

自分で注意することはもちろん大切だが、家族や周囲の気配り、サポートもとても大切だと姫野先生は続ける。まず、日常の暮らしぶりを見ていて、ご主人やお父さんが近頃ちょっと変わったと思うところはないだろうか。テレビや新聞をあまり見なくなった。大好きだった野球の話をしなくなった。朝起きしていても着換えをしない……、こうした些細なサインを見逃してはいけないという。

人が追い込まれると、女性の場合「脳が開く」が、男性の場合「脳が閉じる」のだと姫野先生は表現する。女性の場合はサインを表に出し、知り合いに相談したりとよく話すので発見しやすいが、男性は逆に話をせず、弱みを見せまいと自分の内側に閉じこもるため、重大な事態になるまで発見が遅れがちだという。小さなサインに気づいたら、まずは病院に行ってチェックしてみること。診断して悪くなれければそれでよかったのだから、重くとらえず安心するためにも病院に行ってほしいと姫野先生はいう。

では、いったい何科の病院や医院に行けばいいのだろう。男性機能の衰えを感じていたら、泌尿器科だが、単なるエネルギー低下による症状なら、精神科や心療内科がよいそうだ。とくに心療内科は、こころと体の両面から診るので、男性更年期の治療には向いていると、心療内科医である姫野先生はいう。また最近では、「男性更年期外来」を開設する病院も増えている。いずれにしても、症状に合わせた医師に、迷わず早めに受診することだ。

受診の際は、ぜひ奥様や家族が一緒に行ってあげるようにと、姫野先生はいう。「閉じる脳」を持つ男性は、自分のことをうまく話せない。弱みを見せまいとして、大したことはない、大丈夫だと自分をつくろいがち。診察の際にも自分の症状を正確に伝えない人も多いという。ところが家族から症状を聞いてみると、「夜眠れていないようだ」「テレビも見なくなった」「食事も前よりも進んでいない」など、ふだんの暮らしぶりについていろいろな話が出てくる。こうした奥様や家族のさり気ない一言が、診療の大きなヒントになることが少なくない。加えて、一緒に医師の説明を聞くことで、家族にとっても男性更年期障害やうつ症状への理解も深まって、早く症状を緩和できる。

脳の栄養失調が引き起こすうつ症状

病院では、第1回にご紹介したような問診表によるチェックとホルモン定量を行なう。その際、男性ホルモンだけでなく甲状腺ホルモンもチェックするという。これは、甲状腺ホルモンの低下によってうつ症状が起きるケースも多いためだ。さらに血液検査を行うことで、さまざまな体の状態が診断できる。同時に生活習慣病もチェックする。説明したとおリ、うつ症状と生活習慣病の合併はたいへん多いのである。加えて、「睡眠時無呼吸症候群も必ずチェックするように」と姫野先生は勧める。睡眠時無呼吸症候群は、睡眠時にいびきや呼吸停止がある症状だが、この症状の中には朝起きて気分がよくなかったり、昼間眠いとか集中力がないといったうつ病そっくりの症状があるからだ。

もし、男性更年期のうつ症状と診断されたらどうすればいいのか? エネルギーダウンの時期だから、必要以上にエネルギーを使わないことだと姫野先生。無理して外出や運動をすることはない。気分転換にと海外旅行に行くことも決していいことではないそうだ。そして、具合の悪い時に重要な決断をするなと、姫野先生は断言する。仕事を辞めようとか、迷惑かけぬよう離婚しようとか、人生を変えたくなる人がいるが、自分が病気の時に決断してはいけないとのこと。まずは治療を第一に考えるべきなのだ。

最後に、男性の更年期は治りやすい病気だと、姫野先生は太鼓判を押す。女性の更年期の場合は閉経や女性ホルモンの減少など実際に体の変化を伴うが、男性の場合は軽い抗うつ薬と栄養素を投与するだけで、すぐによくなるというのだ。投与というと、嫌がる人がいるが、この場合本来体内にあるべきものを増やすのだから恐れることはない。だから、深刻にならず、気軽に健診を受けて薬やサプリメントをきちんと服用することだとし、「病気をすることはピンチだが、それによってさまざまなことが分かる大きなチャンスです」と、姫野先生は最後に微笑んだ。

男性更年期恐るるに足らず! 男性更年期障害になっても、それをチャンスにむしろ若返って、後の人生を大いに楽しもうではないか。

監修者

姫野 友美(ひめの・ともみ)

東京医科歯科大学卒業。ひめのともみクリニック院長、心療内科医、医学博士。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」TBSラジオ「生島ヒロシのおはよう一直線」等に出演のほか、新聞、雑誌などでも、ストレスによる病気・症候群などに関するコメンテーターとして活躍中。

主な著書は『「疲れがなかなかとれないと思ったとき読む本』(青春出版社刊)『女はなぜ突然怒り出すのか?』『男はなぜ急に女にフラれるのか』(角川書店刊)など多数。