巨大なトラックを運転している人には心から敬意を表したくなる。長いトレーラーを引いたまま、街中の交差点をビシーッと曲がっていく姿を見ていると、運転スキルの高さというのか、見当の付け方の的確さというのか、とにかく驚いてしまう。
間違いなく難しそうな巨大トラックの運転だが、実際のところどのくらいの難易度なのか。そもそも、ほぼペーパードライバー(普通免許のみ)の初心者でも運転できるような代物なのか。UDトラックスの新型トラクタヘッド「クオン」を運転する機会があったので、勇気を振り絞って挑戦してみた。
安心してください! 基本操作はオートマ車
クオンはUDトラックスが展開する大型トラックのシリーズだ。同社は先ごろ、いすゞ自動車と共同開発した新型トラクタヘッド「クオンGW」を発売。いすゞ版の車名は「ギガ」となる。トラクタヘッドというのは長いトレーラーを牽引する車両のこと。コンテナや大きな重機を後ろに載っけて走っている勇姿をよく見かけるはたらくクルマだ。
UDトラックスによればクオンGWは「人にも積荷にも優しいトラック」であるとのこと。13リットル(!)のディーゼルターボエンジンは圧倒的なパワーとトルクを発揮するが、12段電子制御式オートマチックトランスミッション「ESCOT-Ⅶ」や「UDアクティブステアリング」、「大容量流体式リターダー」などの技術を盛り込み、「より運転しやすい」クルマに仕上げたそうだ。
「運転しやすい」のは嬉しいのだが、それは「ほかと比べれば」という話なのか、それとも「ペーパードライバーでも普通に走らせられる」レベルなのか。そもそも、そこからしてわからない。なので実際に乗ってみた。クオンGWにはいくつかのバリエーションがある。試乗したのは「6×4」(タイヤが6つ、駆動輪は4つ)というタイプの13Lエンジン搭載車だ。
まずはオフロードコースで悪路を試す。坂とコーナーがたくさんある砂利道で巨大トラクタヘッドを初めて運転することになるとは、かなりハードだ。
まず、背の高いクルマだから乗るのも大変だ。しっかりと補助用のグリップを握って、2段のステップを登って運転席に乗り込む必要がある。ただ、乗り込んでしまえば眺めはいいし、頭上にたっぷりの余裕があるので快適性は悪くない。席の後ろには横になったりするための広いスペースがあった。
走り出すにはシフトを「D」に入れるだけ。普通のクルマと何も変わらないので驚いた。ブレーキは重いものの、これだけの巨体だし、あまり軽くても動きがギクシャクしてしまいそうだから、むしろ安心できる。普通のクルマにときどき付いているブレーキの「オートホールド」機能があれば足が楽になりそうだが、おそらくパーキングブレーキが電子式ではないと思うから、それは難しいのかも。
ちなみに、クオンGWはディスクブレーキを搭載している。これは国産他社にはない特徴であるという。ディスクブレーキはむき出しの状態なので放熱性が高いし、濡れても乾きやすい。温度が上がってもブレーキの効きが弱くならないというのも利点だ。重いクルマなのでブレーキの減りは早そうだが、その点で利用者から不満が出たことはないそうだ。
ハンドルは普通よりも水平方向に傾けてある。回してみるとかなり軽い。ハンドル自体が大きいので両手で持ち替えながら回すのは大変だったが、片手でパーを作って、ハンドルを上から押さえながらクルクルやると楽だった。
背が高いので、最初は左右にゆらゆらする感じに慣れず、下手をすると横に倒れてしまうのではないかと思いながら運転していたのだが、助手席に座ってくれていたUDトラックスの人にその心配を打ち明けてみると「いやいやw」といった反応で、実際のところは全く問題ないようだった。
電子制御のステアリングは、まっすぐ走っていると少し遊びがある感じ。巨体なので、ハンドル操作に対して反応がクイックすぎたら逆に怖い。
下り坂では「こんなに重いクルマが思った通りに減速するの?」という不安が頭をよぎったのだが、杞憂だった。フットブレーキで問題なく操作できるし、「大容量流体式リターダー」を活用した減速(アクセルペダルを離した時に自動で減速。エンジンブレーキのような感じ)も心強い。UDトラックス 開発部門 プロジェクトマネジャーの松永浩史さんは「山坂の多い日本で『止まる』は重要な要素」だと語っていた。
リターダーによる減速の強さは手元のレバーで4段階から選べる。うまく使えば、下り坂でフットブレーキを踏む回数を大幅に減らせるそうだ。UDトラックスでは碓氷峠の下りで試した結果として、リターダー不使用だとブレーキを踏む回数が41回だったのに対し、使用するとたったの5回まで減らせたことがあったという。リターダーの活用によりディスクブレーキの損耗を抑えられるというメリットもある。
上り坂ではアクセルを強めに踏み込んでみたが、パワー十分で苦しい感じがしない。助手席でUDトラックスの人がいろいろと指示してくれたのだが、騒音がうるさくて聞き取れないということもなかった。大型トレーラーは1人で運転することが多いと思うが、ラジオや音楽も問題なく楽しめそうだ。
バック駐車はハンドル操作が逆?
次は舗装されたオーバルコースをトレーラー牽引で走ってみる。ストレートでは70km/hくらいまで加速。さすがに巨大トレーラーで飛ばすというのはドキドキの体験だった。ただ、ステアリングには「ACC」起動ボタンが付いていたので、高速道路はほぼ自動運転状態で走っていけるのではないかとも思った。
面白かったのは駐車の体験だ。コースの途中でシフトを「R」に入れてバック駐車を試すことができた。
普通のクルマで右側の駐車スペースにバックでとめる場合、まずは駐車スペースを通り過ぎながらハンドルを左に切ってクルマを斜めにして、そこから「R」に入れてハンドルを右に切り、そろそろと後退しつつ枠内に入れるのが基本だ。それがトレーラー牽引車の場合、操作が全く異なる。なぜなら、引っ張っているトレーラーのタイヤはハンドルを切って直接動かすことができないからだ。
トレーラーを引っ張った状態で右後方にバック駐車をする場合、まずは駐車スペースを通り過ぎるのは普通のクルマと同じなのだが、その際にハンドルを左には切らず、できるだけまっすぐに(駐車スペースに対して直角に)進まなければならない。そこから「R」に入れ、ハンドルを右に切りたくなる気持ちをぐっとこらえて、逆の左に切る。そうするとトラクタヘッド自体は左後方に進む一方、トレーラーはトラクタヘッドと逆方向に曲がり、全体としては「く」の字の状態になる。そこで初めてハンドルを右に切り、トラクタヘッドとトレーラーが真っすぐになったところでハンドルを戻し、後退していくというのが私が体験した手順だった。
クルマの後ろに長くて自分では動けないモノがくっついているのがポイントで、これをうまく駐車するにはいつもと違う発想が必要なのだが、説明を聞きながらすんなりと駐車を決めることができたのは、おそらく、ゲームの『グランド・セフト・オート5』(GTA5)で盗んだタンクローリーを乗り回した経験があったからだろう。
巨大なトラクタヘッドを運転するのは初めてだったが、想像していたよりは難しくなかった。内輪差がいつもと違うのでオフロードコースの三角コーンを踏みそうになるなど、普通のクルマとは異なる部分に戸惑うことはあったが、慣れれば大丈夫なのではないかというのが実感だ。とにかく、背が高くて巨大なクルマを軽いハンドルで乗り回すのは気分がいい!
物流業界では人手不足が深刻化しているうえ、ドライバーさんの時間外労働時間の上限が年間960時間となることで生じる「2024年問題」にも注目が集まっている。そもそも、物流従事者がきつい働き方をしなければ成り立たないような商品経済というのは前提として問題ありだから、働き方改革が進むこと自体はいい話だと思うのだが、とはいえ、日本全国の消費生活を維持するには円滑な物流が不可欠。そういう意味でも、ドライバーさんの確保が今後ますます重要になってくる。初心者でも運転しやすいトラクタヘッドの必要性も高まっていくだろう。