■スーパーで知らないおばちゃんに500円借りる

  • 高校2年生の文化祭にて。木工班の展示即売会で糸ノコを実演。1年のときに見知らぬおじさんから「職人やなぁ」と言われ、卒業する頃には「糸ノコ名人」と呼ばれるように/『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)より

    高校2年生の文化祭にて。木工班の展示即売会で糸ノコを実演。1年のときに見知らぬおじさんから「職人やなぁ」と言われ、卒業する頃には「糸ノコ名人」と呼ばれるように/『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)より

彼が料理当番だったある日。メニューは牛丼とあさりのみそ汁と決め、材料の買い出し専用財布とメモを持って、2人でスーパーへ買い物に行きました。

店内に入ると私と彼は別行動になります。

「お金足りる?」と聞くと、「うん、あるよ」と言っていたのですが、しばらくすると私を探しに来て「あさりが高いんだよ。お金が足りないんだ」とのこと。

500円足りないと言うので、渡すと再び店内に消えていきました。

その後、私がレジで支払いをしていると、彼も端っこのほうのレジで会計をしたようで、袋に食材を入れる前に出納帳に今日の出費を書き込んでいるようでした。

帰りの車の中で、彼は、
「500円足りなかったんだよ」と言います。

「じゃあ、これからは買い物前に持っているお金を確かめておこうね」

「うん、わかった。次からそうするよ」

そこに、私の携帯へお絵描き教室をしている幼なじみから電話がかかってきました。そのお絵描き教室には、翔太も油絵を習いに土曜日の午前中通っています。

「今日、翔太くんはスーパーで買い物した?」

「うん、さっきしたよ。なんで?」

「あのね、レジでお金が足りなくて誰かに500円借りたってことない?」

「買い物の途中で足りないって500円取りには来たけど」

「さっきね、お絵描き教室に来てる子のお母さんが、スーパーのレジで前にいた子がお金が足りなくて困ってたから、500円出してあげたって。どこかで見たことがある子だと思ったら、靴に翔太って書いてあったから、多分あの翔太くんだと思うって。翔太くんのお母さんには言わなくていいって言われたんだけどね」

「えぇ、そうなんだ。ありがとう。翔太によく聞いてみるよ」

彼に尋ねると、知らないおばちゃんに500円借りたと言います。

さっきから「500円足りなかったんだ」と言っていたのは、最初に私のところへ取りにきた500円ではなく、レジでの500円のことだったようです。

「そのおばちゃんの名前は聞いたん? どこに住んでる人?」

「あの、その、わからないよ」

「名前も住所もわからない人に借りたら、どうやって返すの?」

「えぇ、だって……」

「返せないなら、借りたんじゃなくて、もらったことになるんだよ」

「じゃあ、返します」

「貸してくれた人のこと聞いてないと返せないでしょ。今日はお絵描き教室の先生が知らせてくれたからわかったけど、返せない人から借りちゃダメよ。お金は借りないことにしないといけないね」

「うぅ、わかったよ。もう借りないよ」

「後で先生からそのおばちゃんの住所を教えてもらうから、明日返しに行くよ」

「わかった。明日返すよ」

「それとね。知らない人にもらったお金で買った材料で料理したものは、家族のみんなは食べたくないから、買い直しておいで。翔太のお金で買ってきて」

「えぇ、ぼくのお金で……」

自分のお小遣いが減ってしまうことは心外だったみたいで、ブツブツ言いながらも近所の店へ材料を買い直しに行き、夕食を作りました。

翔太にお金を貸してくださった方の住所はわかりましたが、電車と徒歩で1時間くらいかかる町でした。彼は行ったことがない町で、地図を広げて場所を教えます。

「ずいぶん遠いね。ひとりで行ける?」

「えぇ〜、ぼくひとりで行けないよ」

「電車で行けるよ。お母さんもここへ行く道は知らないから車では行けないよ」

「でも、ひとりで行けないよぉ」

「そう? じゃあ、一緒に行ってあげてもいいけど、お母さんの電車代も翔太が出してくれる? 出してくれるなら一緒に行ってあげてもいいよ」

「ぼくが出すの……?」

「嫌ならいいよ。ひとりで行っておいで」

「出すよ。ぼくがお母さんの電車代も出すよ」

翌日、地図を持って家を探しながら2人でお金を返しに行きました。

その方は私たちがわざわざ500円を返しに来たことに驚かれました。そして、
「自分の子どもと同じような子が困っていると思ったら、出さずにいられませんでした。前にも同じようなことがあって、どこの誰かは知らないけれど出してあげたことがあります。そんなたいしたことをしたわけじゃないから、先生には翔太くんのお母さんには知らせないでって言ったのよ。わざわざ返しに来なくてもよかったのに」
とおっしゃってくださいました。その方のお子さんも自閉症だったのです。

でもーー。

「あのまま知らずにいたら、翔太はまたレジでお金が足りなくなったときに、近くにいる誰かがお金を出してくれると思ってしまうだろうから、知らせてもらえてありがたかったです。返しに来ることができたので、翔太にもよくわかったと思います」
と、私は伝えました。

まさか知らない子にお金を出してくれる人がいるなんて想像もしていなかったので、私自身もいい勉強になりました。

翔太はといえば、大変な思いはするし、買い直した材料代と2人分の電車代で3000円ほど自分のお小遣いを使うはめになったので、二度とお金は借りない、と言っていました。

何事も身にしみて経験するとしっかり理解して身につくので、一連のこの出来事はラッキーな経験だったと思っています。


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『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)

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著者:翔ちゃんねる-Fucoママ(渡部房子)
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