「翔太が自閉症とはっきり診断されたのは5歳でした」……Fucoママ(渡部房子)の末っ子長男・翔太さんは、1988年6月15日生まれ。療育手帳B、知的障害を伴う自閉症の青年です。言葉の理解は「教えても教えても限界あった」そうですが、現在、翔太さんは地元の一般企業に障碍者枠でパート社員として就職し、19年目を迎えています(2025年10月現在)。

生きるとは、働くとは、幸せとはなにか考えるシリーズ「生きる、働く、ときどき病」。今回はそんな翔太さんの成長記録を、『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)よりお届けします。

小さかった翔ちゃんも、もう高校生です。お料理もできるようになったようで……。
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■翔太の抵抗!?「ぼくの当番は土曜日なんだよ」

  • 2006年12月、松山市のヨンデンギャラリーで開かれた養護学校主催の美術展にて。1年生のとき描いた『秋風』(右)と、3年生のとき描いた『誕生』(左)の前で/『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)より

    2006年12月、松山市のヨンデンギャラリーで開かれた養護学校主催の美術展にて。1年生のとき描いた『秋風』(右)と、3年生のとき描いた『誕生』(左)の前で/『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)より

中学時代は部活などで忙しかったので、翔太の料理当番を休みにしていた時期もありましたが、3年生で部活を引退した後から復活させ、毎週土曜日の夕食は彼に任せていました。

以前は、私が家族7人分に換算したレシピで作っていましたが、この頃には料理本のレシピを見て作るように。手順が順番に書かれていて、写真が入っている料理本を用意したのです。

料理本のレシピで一番難しいのは、分量です。大体のレシピは4人分の分量で書かれていますが、当時のわが家は6人でした。〇÷4×6で計算させていましたが、少々とか1⁄4カップの換算などは難しく……。計算した結果、3⁄8カップとわかったのはいいけれど、それを計量カップではかるとなると、また一苦労です。

結局、1⁄4カップ入れてから味見をして調節することに。それまで未体験だった、味見をする、味の濃い・薄いを調節するということも身につけるようになりました。

彼が当番の日は、材料調達から片づけまでのほとんどをひとりでやってくれるので私はとても助かりました。

ただ、当番は土曜日と決めている彼は、私の都合などでほかの曜日に夕食作りを頼むと、
「ぼくの当番は土曜日なんだよ」
と言って、あっさりとは引き受けてくれません。

ああだ、こうだと言った末に結局は引き受けてくれるのですが、
「どうせしてくれるなら、文句を言わずにやってくれたら嬉しいなぁ」と言うと、
「あっ、そう」と冷ややかなもの。

食事後、忘れずに、
「翔太がやってくれるから助かるよ。ありがとうね」と感謝の気持ちを伝えると、
「ぼくがやってあげたよ」と、得意げに。

彼が作る料理は、料理本に忠実にだしをとって作るので、本当においしいのです。

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