「翔太が自閉症とはっきり診断されたのは5歳でした」……Fucoママ(渡部房子)の末っ子長男・翔太さんは、1988年6月15日生まれ。療育手帳B、知的障害を伴う自閉症の青年です。言葉の理解は「教えても教えても限界あった」そうですが、現在、翔太さんは地元の一般企業に障碍者枠でパート社員として就職し、19年目を迎えています(2025年10月現在)。

生きるとは、働くとは、幸せとはなにか考えるシリーズ「生きる、働く、ときどき病」。今回はそんな翔太さんの成長記録を、『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)よりお届けします。

「ごく普通の赤ちゃん」だと思われていたが、定期健診で発達の問題を指摘された翔ちゃん(第一話)。そんな彼も、もうすぐ小学生という時期に……。

■就学時健診で大パニック!

  • 『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)より

    『自閉症の息子が自立して生きる道』(KADOKAWA)より

学齢期が近づくにつれ、翔太の学校をどこにするか、就学前の1年間はギリギリまで悩みました。

希望は2歳上の姉・江里子が通う校区の特殊学級(現在の特別支援学級)でしたが、療育の通園施設の先生には「無理をしなくてもいいんじゃないですか」と養護学校(現在の特別支援学校)をすすめられていました。

その頃の翔太は、生活に密着した簡単な言葉の理解と、「ご飯食べる」「お風呂入る」など2語文程度の言葉が少しあるくらいでした。

慣れていない人との言葉でのコミュニケーションは難しく、その場に関係ない独り言をブツブツと頻繁に言っていました。衣類の着脱はひとりでできるようになっていて、排尿は自立していたものの、排便はパンツを汚すことも。椅子に長時間座っていることができず、ウロウロと歩き回り、気に入らないことがあると奇声を上げて、癇癪を起こすこともあれば、ものを叩いたり投げたりすることもありました。

確かに、特殊学級では難しいかも……という状態です。

でも、私は最終的に翔太の就学先を校区の小学校の特殊学級に決めました。

なぜかというと、自分の目で確かめたからです(もちろん、特殊学級の在校生のお母さんたちにも事前リサーチはしていました)。

事前にお願いして、姉の授業参観日に特殊学級の授業も見せてもらいました。

先輩お母さんたちから「前任者のほうがよかった」と評判のよくなかった担任は、声を荒らげたりすることがなく、落ち着いた口調で生徒たちを大人扱いする先生でした。生徒の様子をよく見て、冷静に判断し、将来を見据えた指導をしている様子だったので、この先生に教えてもらいたいと思ったのです。

また、特殊学級の教室が学校の中心にあったのも大きな決め手でした。

学校の隅っこの誰も来ないようなところに教室があると疎外されている感じがしますが、そこは職員室に近く、隣には1年生の教室がありました。ほかの学年の生徒たちも特殊学級の教室の前をよく通る場所。それを見ただけで、普通学級との交流を積極的にしている学校だな、とわかりました。

養護学校も見学に行きましたが、そこでの授業は身辺自立などの生活習慣指導が中心のようで、それは家庭でも教えられることです。

家庭では教えられない集団生活を学校で体験させたい。

そう考えると、校区の特殊学級がベストでした。

ところが、翔太はその小学校の入学前の就学時健診でパニック状態になって大暴れをしてしまいました。

私が付き添って行きましたが、息子にとっては初めて行く場所。集合場所から班別に分けられて受診する教室へ行くのですが、息子は集団に向かって指示されたことを理解できる能力はなかったし、何よりも初めての場所という不安が大きかったのでしょう。私から離され、ほかの子どもたちと一緒に教室に連れて行かれて10分もしないうちに「暴れているので来てください」との呼び出しが!

なんと翔太は泣く、叫ぶ、暴れる、椅子を投げる、嚙みつく、と大暴れでパニック状態になったとのこと(担任は「あのときは大変な子が来たと思った」とのちに話してくれました)。理由は、言葉が通じず指示も通らないので、ほかの子たちとは違う部屋で健診しようと息子ひとりだけを連れて行こうとしたからでした。

だから、先生に私が付き添うと言ったのに。不安ながらも顔見知りの友だちがいたからみんなと一緒に行ったのに。そこから引き離されたらパニックにもなるでしょう。

結局、その日は帰され、再健診の連絡もないまま、就学通知を待つことに。

その間、次女の江里子に、
「翔ちゃんは小学校はどこへ行くん?」
尋ねられたことがありました。彼女と同じ小学校の「まつ組」だと答えると、
「一緒の小学校でよかった」

まつ組は特殊学級のクラス名ですが、弟が同じ学校の特殊学級にいることを彼女はどう思うんだろうと心配していただけに、この一言に心配は吹き飛びました。

送付予定日を過ぎても届かない就学通知にハラハラしていましたが、半月ほど遅れて無事届き、翔太は第一希望の小学校に入学できました。