独立・開業には勇気がいります。そして人それぞれの理由があります。もちろん稼ぐことを目的に開業する人もいるでしょう。しかし、それ以上に「思い」を持ってビジネスに取り組まれている人が大勢おられます。ここではそんな人々にスポットを当てて、独立・開業への思いや、新しい人生の価値観などを伺っていきます。

第25回は、福井県小浜市で200年続く老舗和洋菓子の専門店、志保重(しほじゅう)を経営される清水雅彦さんに、お話を伺いました。

  • 清水雅彦さん

不器用な少年がお店を継ぐまでに超えてきた壁

――跡を継がれてのお店の経営だそうですが、昔からそのつもりでおられたのでしょうか。しかも200年の歴史があると伺っています。

清水さん:はい。「酒まんじゅう」のお店として続いたお店です。僕が5歳の頃に和洋菓子店に変わりました。幼い頃から、“跡取り”と呼ばれていましたが、実際には親から「継げ」と言われたことは一度もなく育ちました。小学校の高学年くらいになると、簡単な作業を少しくらい手伝うこともありましたが、「要領が悪い」「鈍臭い」などと言われて、よく弟と比べられていましたね。中高生になったあたりからは「口から生まれた」と幼少期から言われてきた才能が開花しまして(笑)、お客様の“おばさま方のアイドル”となり、それが接客好きの原点になっています。大学を出てからは修行の意味で、埼玉県の菓子工房に就職しました。

――お店を継がれるまでに大変だったことはありますか?

清水さん:僕が持っていた修行のイメージは「住み込みで布団部屋で寝起き」だったのですが、住み込みは先輩もいてワンルームアパートを用意されて、結構快適で。仕事も「見て習う・盗む」世界をイメージして入ったのですが、時代は変わっていまして、ノートもとれるし最初からのお願いもありで、いろいろと教えてもらえました。今思うと7時30分出勤の21時閉店、繁忙期の終業は24時を回るというのは、ハードではありましたが、新しいことを学べる日々は楽しさがいっぱいでした。

挫折を感じたのは、「器用なバイト君」が入ってきた時のことです。修行も2年目の途中で慣れとスランプ気味のところに、とにかく要領のいい高校生が入ってきまして。とにかく兄弟子がそのバイト君をかわいがるので、仕事に行くのが憂鬱になりました。最終的には厨房でコックコートを赤く染めるケンカを経て兄弟子と関係修復、スランプも明けていきました。兄弟子は6人中5人がいわゆる“ヤンチャなタイプ”だったので。

もうひとつ、お店を継いでからの話ですが、結婚してすぐ奥さんに言った言葉がまずかったのです。「うちは風邪ひいて休むやつは一人もおらん」。これは修行先で初日に親方から言われた言葉だったのですが、言ってから半年もせずに寝込んだのは私でした。妻にもスタッフにも自分と同じ価値観を無意識に強要し、スタッフは勤めたならば「向上心があって当たり前」、そのくせ僕はボンボン育ちでところどころ自分に甘いのです。それが妻を苦しめて、追い詰める結果になりました。

思えばこれが転換点だったかもしれません。夫婦でやっていたお菓子の仕事を一人でこなしつつ、妻と子どもの世話。ここで腹が座ったのかもしれないって、今は思っています。

家族とスタッフが一致団結して挑んだ「P-1」グランプリ

――前半の「赤く染める」のくだりがとても気になるのですが、そこはあえて深掘りしないでおきますね(笑)。そうしたご経験のあと、今のお店を継いでそして続けてこられている、その思いや、やり甲斐は何でしょう?

清水さん:2016年にプリンの日本一を決める「P-1グランプリ」で優勝しました。家族・スタッフ一丸になって勝ち取ったグランプリはその後の商売にも大きな好影響を及ぼしています。試作を重ねては、スタッフとその家族、最終的には地域の友人やお客様も巻き込んでの試食協力とアンケートリサーチ。ユニフォームもそろえて当日を迎えました。スタッフも半分が店番、半分はイベント会場でお客様にアプローチ。その結果、4度目の挑戦にして初めての優勝トロフィーを授かりました。

これを機に、地元デパートでの催事で売れまくりまして。結果として留守中も製造を助けてくれるパートさんの増強、パートさんでも扱える機械の導入、「自分一人が頑張ればいい」という段階から、「みんなと一緒に結果を追い求める」方向にかじを切っていきました。

これらのことを通じて実感するやりがいは、食べたその場で「美味しい」と言ってくださるお客様。そしてその客様に商品説明でアプローチして、リピーターになっていただいた時の喜びが欲しくて頑張れています。「美味しかった」の言葉がモチベーションの元になっていますね。

日本全国、そして海外で、日本一のプリンを広めたい

――日本一のプリン、私もいただきましたが、本当に美味しいですね! 今後の展望などもお聞かせください。

清水さん:働くチームとしては、まだまだ生まれたての小鹿みたいなものです。それをこの先もこの「志保重」という店で、お客様を笑顔にするために邁進するチームへと育てること(自分自身も育てる)。そうすれば、社長の私は全国を飛び回ってプリンを広めていけるようになります。その先というか、既に同時進行でインドネシアへの出店も実現に向けて動かしているところです。

――海外出店、それは楽しみです! 最後に読者の皆様へメッセージをお願いします。

清水さん:今後も「美味しい」の笑顔を広めていきます。出会っていただいてご挨拶できることが喜びです。お近くにお邪魔した際はぜひともご挨拶させてください。美味しいプリンが後悔させません。