このほどイタリアのシチリア島で開かれたG7サミット(主要7カ国首脳会議)は、対北朝鮮やテロへの対応ではG7各国の協調を確認したものの、貿易問題や地球環境対策ではトランプ米大統領と欧州各国の意見が対立し、ギスギスした雰囲気のまま幕を閉じました。私はG7サミットを以前に何度か取材したことがありますが、これほど亀裂があらわになったのはG7サミットの歴史では異例です。
トランプ大統領は首脳会議の議論で自分の主張をかなり強引に押し通そうとしたようです。各種報道から、その主な発言をいくつか拾ってみました。
- 「あなた方が30%の関税を課すなら、我々も30%の関税を課す」
- 「他の国が、米国の自動車に対してうんざりするぐらい難しい性能試験を課すなら、こっちもそうする」
- 「雇用を増やすという大統領選の公約を貫徹したい」
いずれも国際協調より米国第一を優先する内容と言えます。世界のリーダーが集まる会議での、世界最大の経済大国の首脳の発言とは思えないほどで、こうした態度はG7各国が価値観を共有してきた「自由主義経済、自由貿易体制」の根幹を危うくしかねないものと断じざるを得ません。トランプ大統領がなぜここまで強硬な姿勢をとったのでしょうか。その背景には2つの要素が考えられます。
強硬姿勢のその背景にあるものとは
第1は、トランプ氏が大統領に就任して約4カ月経ちますが、これまでほとんど政策を実行できていないことです。中東などからの入国停止の大統領令に署名したものの裁判所から差し止め命令を受けたのをはじめ、メキシコ国境の壁建設は予算化されずに全く手つかずのまま、国内経済政策の目玉だった減税もいまだに具体策はあいまいなままです。そのためトランプ氏のコアの支持層である白人労働者に対し、初参加となったG7という国際舞台の場で「やるぞ」という意思を示す必要があったのでしょう。
第2は、ロシアゲート疑惑の拡大がトランプ政権の足元を揺るがし始めたことです。一般的に言って、政権の支持率が低下したり内政で行きづまると、対外圧力を強めて国民の目を外に向け支持を確保するというのは、しばしば行われる手法です。しかしロシアゲート疑惑はその程度で乗り切れるものではなく、トランプ政権の命運を左右する問題になりつつあります。
この問題はすでに大統領選の期間中から「ロシアがトランプ氏が有利になるように選挙戦に介入しているのではないか」との疑惑が指摘され、今年1月のトランプ大統領の就任前には米情報機関が「ヒラリー・クリントン候補の当選を阻止するためロシアがクリントン陣営にサイバー攻撃をしかけて情報を流出させた」「SNSや偽ニュースサイトなどを通じて世論工作をした」などロシアの工作を認定する報告書を提出していました。そしてこれらロシアの活動にトランプ陣営も関与していたのではないかという疑惑がかねて指摘されていたわけです。
そこで疑惑の人物としてまず浮上したのが、トランプ政権発足とともに国家安全担当補佐官に就任していた側近のマイケル・フリン氏でした。当初、フリン氏はロシア側と接触していたことを否定していましたが、実際には補佐官就任前に会っていたことが判明し、今年2月に補佐官を辞任しました。
そして5月に入って突如、トランプ大統領がFBI(米連邦捜査局)のコミー長官を解任したことで、事態は大きく動きました。同長官解任後に続々と報道された内容によりますと、以前からFBIはロシアとの関与についてフリン氏を捜査対象にしていたとのことで、それに対しトランプ氏がコミー長官に「フリン氏の捜査を止めるよう」求めたものの、FBIはフリン氏への捜査を中止しなかったそうです。これがコミー長官解任の原因だと言われています。
コミー氏はトランプ大統領との会談直後に会話内容をメモに残したとメディアは伝えています。この報道が事実なら、トランプ大統領はFBIの捜査の中止を要求した「動かぬ証拠」が存在することになります。
そのうえ、トランプ氏がG7サミットなど外遊中にロシアゲート疑惑がさらに拡大しました。トランプ氏の娘婿であり側近中の側近であるジャレッド・クシュナー氏(大統領上級顧問)もロシアと接触していたとして捜査対象になっているとの報道が飛び出したのです。
これら一連の疑惑は「ロシアゲート」と呼ばれるようになっています。これは1974年にニクソン大統領が任期途中で辞任に追い込まれた「ウォーターゲート事件」との連想から生まれたものです。そしてウォーターゲート事件と同じように、「ロシアゲート」によってトランプ大統領は弾劾裁判で罷免されるか、あるいは辞任に追い込まれるのではないかとの観測が早くも浮上しています。
ウォーターゲート事件を振り返る
ここで、ウォーターゲート事件とはどんな事件だったかを振り返ってみましょう。事件はニクソン大統領(共和党)が再選を目指して大統領選を戦っていた1972年に、首都ワシントンDCで起きました。野党・民主党本部があったウォーターゲートビルに同年6月のある日の深夜、5人の不審人物が忍び込んだところ警備員に見つかって通報され逮捕されたことがきっかけでした。
警察の取り調べで、彼らは民主党本部に盗聴器を設置するために侵入したこと、そのうちの一人はニクソン陣営の関係者であることなどがわかりました。さらに彼らが持っていた手帳にはホワイトハウス関係者の連絡先が記載してあり、事件が政治的背景を持っている可能性が浮かび上がってきたのです。
しかしホワイトハウスは「3流のコソ泥がやったことだ」と関係を否定していました。選挙戦にもほとんど影響することもなく、11月にはニクソン大統領は再選されました。
ところがワシントンポストなどメディアの粘り強い取材によって、ニクソン政権上層部が盗聴に深く関わっていたことが次第に明らかになっていきます。事件発覚後にニクソン大統領が捜査妨害と事件もみ消しを指示していたこと、大統領執務室でのその会話の録音テープの存在が判明するなど、事件は拡大していきました。その過程でホワイトハウスはテープ提出の拒否、特別検察官の解任や司法省への圧力、証拠ファイルの廃棄など、さまざまな捜査妨害を続けましたが、ついに議会で大統領弾劾が避けられない情勢となり、1974年8月にニクソン大統領は辞任を表明したのでした。
余談になりますが、この疑惑解明に大きな役割を果たしたのがワシントンポストでした。同紙の二人の記者が、「ディープ・スロート」と呼ぶ情報源から捜査の状況などを取材し次々と特ダネを報じた様子は、その二人の記者が「大統領の陰謀」と題した本に書いて出版されました。同タイトルで映画にもなり、若き日のダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードがその二人の記者を演じています。のちに、当時のFBI副長官だった人物が「あのディープ・スロートは自分だった」と告白し、ワシントンポストも認めました。
ところで、ニクソン大統領は弾劾に至る前に自ら辞任したのでしたが、1999年にはビル・クリントン大統領が女性スキャンダルで弾劾裁判となった例があります。
米大統領の弾劾は下院が過半数の賛成で発議し、上院で弾劾裁判が行われ、上院議員の3分の2以上の賛成で弾劾が決まります。しかしクリントン大統領は弾劾裁判で弾劾賛成が3分の2に達しなかったため弾劾を免れ、2期8年の任期を全うしました。
そのビル・クリントン氏の妻であるヒラリー・クリントン氏と大統領選を戦ったトランプ氏が弾劾にかけられるかもしれないというのは、運命の皮肉でしょうか。この問題では特別検察官が任命され、今後の捜査を進めることになります。またコミー前FBI長官は議会の公聴会で証言する見通しと伝えられていますが、果たして新事実などが出てくるかどうか注目されます。
今後の展開を見るポイントは、トランプ氏の側近がロシア側とどの程度接触していたか、トランプ氏本人が関わっていたか、捜査への介入や妨害があったかどうか―― の3点です。そして弾劾まで至るには、それを裏付ける明確な証拠が出てくるかどうかがカギとなります。もちろん弾劾まで発展しない可能性もあります。それでも疑惑に対する追及や批判は続くと見られます。トランプ政権の前途には暗雲が立ち込めていることは間違いないでしょう。
執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)
1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。
オフィシャルブログ「経済のここが面白い!」
オフィシャルサイト「岡田晃の快刀乱麻」