米国のトランプ大統領が就任して1カ月余りがたちましたが、移民の入国制限やメディアとの対決など強硬姿勢は収まるどころか、ますますヒートアップしています。これには米国の内外から批判と反発が強まっているほか、国家安全保障担当補佐官の辞任や労働長官候補の指名辞退など人事でもつまずきを見せており、トランプ政権は波乱の出足となっています。

株価は上昇、雇用も好調

ところが意外なことに(?)株価は上昇を続けています。米国株の代表的な指数であるダウ工業株30種平均(ダウ平均)は、先週末の24日まで11営業日連続で史上最高値を更新しました。株価が11日間上昇し続けるだけでも珍しいのに、最高値を更新し続けているのです。11日連続の最高値更新は、1987年以来30年ぶりのことです。一般的には、政権への批判や不安が高まれば株価の下落要因となることが多いのですが、今回は逆の現象です。

ダウ平均の動きを昨年の大統領選前後から振り返ると、選挙期間中は様子見気分から一進一退が続いていましたが、選挙後から上昇が始まりました。わずか2日後の11月10日にはそれまでの最高値を更新し、その後も上昇が続きました。12月から1月にかけては横ばいとなる時期がありましたが、大統領就任式の5日後の1月25日には初めて2万ドルの大台乗せを果たしました。そして、そこからまた上昇に弾みがつき、2月9日から11日連続の史上最高値更新となったわけです。この11日間の上昇幅は767ドル、上昇率は4%近くに達しています。

上昇を続ける株価

株価上昇の理由は、米国の景気が実際に堅調なことと、トランプ大統領の経済政策への期待が高まっているためです。すでに昨年12月に本連載(第77回)で、主として消費の面から「米国の景気は予想以上に好調」と書きましたが、今その基調は現在も続いています。

米景気が好調なことは雇用面にも表れています。トランプ大統領は「移民に雇用を奪われた」「製造業がメキシコなどに移転して雇用が国外に流出している」などと主張して、雇用増加を政策の最重要テーマとし、実際にこれが勝因となったと言われています。このため皆さんの中には「米国の雇用がどんどん減っている」「雇用が悪化している」とのイメージを持っている人もいるのではないかと思います。しかし事実はそうではありません。

失業率はすでに数年前から低下し続けており、昨年5月以降は9カ月連続で5.0%を下回っています。最新のデータである1月の失業率は4.8%でした。米国では失業率が5%を下回る水準は完全雇用(非自発的な理由による失業が存在しない状態)と言われており、この水準は9年ぶりの低水準です。

市場が注目する非農業部門の雇用者数も毎月増加が続いています。1月は前月比で22万7,000人増加しました。雇用者数は2010年10月以来、6年3カ月連続で増加しており、その期間中の毎月の増加数を単純合計すると実に1,510万人に達しています。

失業率は数年前から低下、非農業部門の雇用者数も毎月増加が続く

もちろん個別には、工場閉鎖・縮小のため失業した人や希望通りの仕事に就けない人は少なくないでしょう。しかしマクロで見れば、雇用情勢は改善し続けているのであり、それがまた景気持続につながっているのです。株式市場はそうした経済実態の方を見ているわけです。

経済政策の3本柱の効果見込み

そのように堅調な米景気に加えて、トランプ大統領の経済政策による効果が見込めることが、株価を一層押し上げています。トランプ大統領の経済政策は、(1)公共インフラ(社会基盤)投資(2)大幅な減税(3)規制緩和――の3本柱です。

まず公共インフラについては、道路、橋、港湾、学校などの公共インフラの整備に10年間で1兆ドル(110兆円余り)の投資を行うとしています。単純計算で年間1,000億ドル(11兆円余り)ですから、大変な規模です。米国のインフラは歴史的に見て早くから整備が進んでいましたが、その更新があまり進んでおらず老朽化した設備が多いのが現実です。したがってインフラ投資は必要性が高く、その経済効果も期待できるわけです。

第2の減税は法人税と個人所得税を対象としています。法人税は現行35%の基本税率を15%に引き下げる考えを表明しています(共和党は20%への引き下げ案)。世界的にはここ最近、ドイツやイギリスなど欧州を中心に法人税率の引き下げが相次いでおり、日本も小刻みに引き下げを進めています。このため気がつけば、米国の法人税率が主要国の中で最も高くなってしまいました。そこで米国も大幅に法人税を引き下げて米国企業が国外に出ていかないようにするとともに、米国企業の税負担を減らして競争力を回復させようというのがトランプ大統領の狙いです。

また個人所得税も、累進課税の税率の刻みを現在の7段階から3段階に簡素化するとともに、最高税率を約40%から33%に引き下げる案を選挙中に表明していました。減税規模は法人税と個人所得税を合わせて4.4兆ドル(約500兆円)にのぼると試算されています。

第3の規制緩和は、特にオバマ政権時代に金融、エネルギー、環境の分野で規制が強化されたことから、この3分野を重点的に規制の撤廃と緩和を進めるとしています。すでに大統領令で、新たな規制導入の凍結、石油パイプラインの建設などを打ち出しています。規制緩和によって企業活動の自由度を広げて経済を活性化させることが目的で、同時にオバマ政権の否定との政治的動機も含まれています。

これら経済政策の3本柱の大筋はトランプ氏が選挙公約として掲げていたものですが、選挙中はスキャンダルや非難の応酬に終始していたため、有権者も市場もあまり注目していませんでした。しかしトランプ氏が選挙に勝利したことによって評価されるようになり株価上昇の要因となったものです。特に、2月9日にトランプ大統領が「税制について驚くような発表をする」と発言したことがきっかけとなって、11日連続の史上最高値更新となりました。

トランプ政権の不安と懸念

しかしそうは言っても、やはりトランプ大統領には不安と懸念がつきまといます。それは3つにまとめることができます。

第1は、公共インフラ投資や減税を実行するには税制改革と予算を議会が通す必要があることです。議会は上下両院ともに与党・共和党が多数を占めましたが、共和党は伝統的に「小さい政府」との考えで、もともと大幅な財政出動には慎重です。インフラ投資と減税の財源をどうするかも、今のところ明確ではありません。

第2は何といっても、保護主義の弊害です。トランプ大統領は「雇用を守る」を大義名分に移民を制限し、米国の貿易赤字削減のために輸入を抑えようとする考えを表明しています。

特に焦点となっているのが「国境税」です。これは、海外に移転した企業からの米国への輸入品に関税をかけるというもので、トランプ政権が検討していると伝えられています。また議会の共和党は、米企業が輸出によって得た利益には法人税の課税を免除し、輸入には20%の課税をする「法人税の国境調整」との案を検討しており、政権側と共和党との調整が今後進められる見通しです。

具体策がどうなるかはまだ分かりませんが、いずれにしてもこれが導入されれば、日本など輸出国が打撃を受ける恐れがあります。これは世界の貿易を縮小させ、世界経済に大きな影響を与えかねません。米国の輸入品への課税分は国内での販売価格に上乗せされ、米国の消費者に負担を強いることになります。せっかくインフラ投資や減税で景気を押し上げても、その効果を台無しにする可能性があるのです。

第3は、トランプ政権の安定度です。国内外での批判や人事のつまずきなど、すでに政権は不安定な様相を見せています。閣僚はまだ半数ほどしか議会の承認を受けておらず、各省の上級幹部も任命が遅れているそうです。つまり、政策を実行するための実務の体制がまだ整っていないのです。その中で、強硬な姿勢ばかりが先行しているように見えるわけで、今後の政権運営は前途多難を思わせます。

以上、見てきたように期待と懸念が同居するトランプ政権ですが、懸念が強まれば、株価も下落に転じる恐れがあります。

当面は28日に行われる就任後初の議会演説が最大の焦点です。米大統領は例年、政策の基本的な方針を表明する一般教書演説を行いますが、大統領就任の年は2月に行われます。ここでトランプ大統領が税制改革などについて具体策を打ち出すのか、また貿易・通商問題、中東や対ロ・対中・対北朝鮮などの外交・安保問題などでどのような考えを表明するかが注目点です。その内容によってトランプ政権の今後がかなり見えてくるでしょう。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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