米国の中間選挙後のトランプ政権の今後について、本号では経済・通商政策がどうなるかを見てみましょう。

米中貿易戦争は休戦? エスカレート?

中間選挙が終わった後の11月17~18日にパプアニューギニアで開かれたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議は、米国と中国が通商政策をめぐって対立したため首脳宣言を出せないまま閉幕しました。首脳宣言が採択されなかったのはAPECの25年の歴史で初めてで、米中の貿易戦争の激化を象徴する出来事です。

同会議にはトランプ大統領は出席せず、ペンス副大統領が出席しました。同副大統領は習近平国家主席と個別に会談もしましたが、両者の対立は解けなかったようです。APECはアジア太平洋の国・地域が多国間で自由貿易体制を発展させ、地域の安定と経済成長をめざすことを目的としていますが、首脳宣言を出せなかったことは、米中貿易戦争が当事国の米中だけではなく世界の貿易・経済全体に影響を広げつつあることを示していると言えます。

次に注目されるのが、11月30日~12月1日にアルゼンチンで開かれるG20(20カ国・地域)首脳会議に合わせて行われる米中首脳会談です。ここで何らかの妥協が成立して貿易戦争が休戦に向かうのか、それとも対立が解消せず貿易戦争がエスカレートするのか、当面の大きなヤマ場となりそうです。

対中輸入の半分・2500億ドル分に高関税 - 今後さらに拡大も

ここで、米中貿易戦争が今どのような状況になっているかを整理しておきます。トランプ大統領は就任当初から、米国が多額の対中貿易赤字を抱えていることを問題視し、中国に対し貿易不均衡是正を要求してきましたが、今年春、中国の知的財産権侵害に対する制裁関税の方針を打ち出し、まず7月に第1弾を発動しました。

中国からの輸入品340億ドル相当分(818品目)を対象に25%の関税をかけるというものでしたが、中国も同じ日に同規模の340億ドル相当分(545品目)に25%の報復関税を発動しました。

これに続いて8月に米国は160億ドル相当分(279品目)に同じく25%の関税、中国も同日に160億ドル分(333品目)に25%の関税をそれぞれ発動。さらに第3弾として米国は9月に2000億ドル分(5745品目)に10%の関税を発動するとともに、年明けには関税の税率を25%に引き上げると発表しました。これに対して中国は600億ドル分を対象に5~10%の報復関税を発動し、貿易戦争はエスカレートし続けてきました。

これら第1~3弾の米国の関税対象規模は合計2500億ドルとなり、中国からの輸入総額(約5000億ドル、2017年)の半分に達することになりました。トランプ大統領は「中国の態度が変わらなければ、残りの2500億ドルにも対象を広げ、中国からの輸入品すべてに関税をかける」と発言しています。

きわめて強気の姿勢と言えますが、この背景には「“全面戦争”になれば米国のほうが有利」との読みがあります。実は、中国の報復関税の金額規模と税率は第2弾までは米国と同規模でしたが、第3弾では金額規模も関税率も米国よりやや小さくなっており、第1~3弾の金額規模の合計は1100億ドルにとどまっています。これは米国からの輸入全体が約1500億ドル(2017年)で、すでにその73%に高関税を課しているためです。米国はこの後さらに2500億ドル分に高関税を課す余地があるのに対し、中国にとってはどんなに頑張っても“標的”はあと400億ドルしか残っていないわけです。

中国経済には早くも貿易戦争の影響

実際、これまでのところ貿易戦争は米国にとって有利に進んでいるように見えます。すでに中国では貿易戦争の影響がじわじわと表面化し始めており、今年7-9月期の実質GDP(国内総生産)は前年同期比6.5%と2期連続で減速しました。この数字だけ見ると高いように見えますが、中国のGDPとしてはリーマン・ショック直後以来の低水準です。特に生産面での減速が大きいようで、スマホや集積回路、自動車などの生産は9月に前年割れとなったそうです。こうした実体経済の減速を受けて中国株の下落が続いており、代表的指標である上海総合株価指数は年初に比べて30%近くも下落しています。

また中国に生産拠点を持つアジアや日本の企業の中国離れを伝える報道も見られます。それらの企業は中国で生産した製品などを米国に輸出していることから、米国の高関税を避けるため、生産を他のアジア地域に移し始めているということです。

中国経済減速のすべてが米中貿易戦争の影響というわけではありませんが、今後はさらに影響が大きくなることが予想されます。トランプ大統領がますます強気になっても不思議ではないでしょう。

G20での米中首脳会談が当面のヤマ場

しかしその一方で「貿易戦争は休戦に向かう」との観測が出ているのも事実です。前述のように中国経済に影響が出始めていることから中国指導部が危機感を強めていると伝えられており、最近になって142項目の対米貿易改善計画を米国に提出したことも、そうした観測の根拠の一つとなっています。

トランプ大統領も中国の貿易改善計画について「現時点では受け入れられない」としながらも「取り引きで合意するかもしれない」と発言しており、ニュアンスがやや変化したと受け取る向きもあります。もともとトランプ大統領は、強硬な姿勢を打ち出して交渉を有利に進め相手から譲歩を引き出すという手法を得意としていますから、第3弾の関税10%を年明けから25%に引き上げるという方針や「今後は中国からの輸入品全てに高関税をかける」という発言も、中国に譲歩を迫る交渉術と見ることもできます。

その意味でちょうど11月30日~12月1日のG20の合間を縫って行われる米中首脳会談が大きなヤマ場となるわけです。ここで休戦となるか、あるいは物別れとなって対立が激化するのか、世界中の注目が集まります。

「休戦」あっても一時的? - 米国経済への影響に要注意

ただ、注意すべきことが2つあります。第1は、トランプ政権の中国への強硬姿勢は、単に貿易赤字だけがテーマではないということです。中国が国家を挙げてハイテク産業育成を目指す「中国製造2025」という戦略、さらには「中華民族の偉大な夢」を掲げる習近平体制そのものへの警戒感があり、外交や軍事面も含めた中国抑え込みという狙いがあることを見逃してはなりません。それは東シナ海での中国の行動や北朝鮮情勢など、日本にも大いに関係することです。したがって「貿易戦争の休戦」があってもそれは一時的なものであり、米中の対立・緊張は続くと見た方がいいでしょう。

第2は、米国経済への影響です。これまでのところ中国と違って貿易戦争の影響はほとんど出ていないように見えます。米国の景気は堅調で、失業率は48年ぶりの低さとなっています。しかし最近は株価が不安定になっているのが気になります。NY市場のダウ平均株価は10月3日に2万6828ドルの史上最高値をつけたあと、直近(11月23日)では2万4285ドルまで下げています。

NYだけでなく世界の市場では、休戦の観測が出ると株価が上昇、逆に対立を示す材料が出ると下落といった具合で、トランプ大統領の発言や中国の動きを見ながら神経質な展開が続いています。

今後の展開によっては、米国の実体経済でも高関税による物価上昇や企業収益などへの影響が出てくる可能性があります。米国経済がおかしくなれば、日本はもちろん世界経済全体が影響を受けることになりますから要注意です。

前号で書いたように、中間選挙の結果、下院で民主党が多数派となったため、トランプ政権は大統領の裁量が大きい外交や通商政策で強硬姿勢を強める可能性が高そうです。それによって成果を出せれば、トランプ大統領にとって2年後の再選をめざすうえで有利な材料となるだけに、強硬路線と保護主義への誘惑が強まりがちです。日本への影響についても警戒が必要となりそうです。

執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

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