レインボーカラーの新型車両導入で話題になった静岡鉄道静岡清水線は、新静岡駅と新清水駅を結ぶ11.0kmの複線電化路線だ。東海道本線に並行しているけれど、起点の新静岡駅も、終点の新清水駅も東海道本線の静岡駅・清水駅とは離れている。町外れを通った官営鉄道に対して、静岡鉄道の前身は街の中心に軌道免許で発足した経緯があるようだ。軌道だった路線は、第二次大戦末期の静岡大空襲などで被災し、復旧の機会に地方鉄道に変更した。
軌道だった経緯もあって、静岡鉄道は東海道本線に比較して駅の数が多い。東海道本線は静岡・東静岡・草薙・清水の4駅。一方、静岡鉄道は新静岡駅と新清水駅を含めて15駅がある。東海道本線は長距離列車が走り、静岡市の「玄関」として機能すると考えれば、静岡鉄道は地元の人々の暮らしに密着した「勝手口」といえそうだ。
全区間、1日分の列車ダイヤを圧縮すると、ほぼ塗りつぶされたように見える。人口約70万人の静岡市を走るだけに、地方鉄道といっても都市型で列車の運行本数も多い。全区間が電化複線という良い環境で、列車の線も乱れがない。大手私鉄と同じくらい充実したダイヤだ。
列車の線は黒が普通、青が急行、緑が通勤急行だ。朝の通勤時間帯がエメラルドグリーンに見えている。青い線と緑の線が混じっているせいだ。急行運転を行う列車は、下りが「急行」、上りが「通勤急行」のみ。上りと下りで種別名が異なり、停車駅も若干違う。他の多くの路線では、上りと下りで急行の停車駅を同じにする。静岡鉄道は上りと下りで停車駅が異なるので、わざわざ「急行」「通勤急行」と種別名を使い分けている。ちなみに休日ダイヤでは、急行運転はない。
休日は通勤時間帯の運行本数が減り、8時台から18時台までほぼ等間隔となっている。日中の運行本数も極端に減っていないので、沿線の人々の生活になじみ、役立っている様子がよくわかる。
話を平日に戻そう。急行運転を行う時間帯を拡大して見てみると、「急行」「通勤急行」の使い分けがはっきりわかる。
下りは「急行」の青い線があり、上りは「通勤急行」の緑の線がある。それぞれ12分間隔で運行され、合間の普通との組み合わせも同じパターンが続く。このようなダイヤを「12分サイクルのパターンダイヤ」という。
パターンダイヤは鉄道会社にとって、列車運行を簡素化し、車両の手配面で都合が良い。利用者にとってもわかりやすい。静岡鉄道では12分間隔だけど、大手私鉄のダイヤもよく見ると25分サイクル、40分サイクルになっている。ちなみに東海道新幹線は60分パターンで、若干の例外もあるけれど、毎時3分に「ひかり」、50分に広島行「のぞみ」が東京駅を発車、というように覚えやすくなっている。
さて、下り「急行」と上り「通勤急行」を詳しく見るために、下りと上りの表示を分けてみよう。まずは下り列車だけ表示した。
駅と列車の線の交差部分に「○」が付いている。これは列車ダイヤ描画ソフト「OuDia」の「停車駅明示機能」だ。中間駅で「○」がついていれば停車。だから普通はすべて「○」がついている。青い線の「急行」は、新静岡駅を出ると6つの駅を通過して、県総合運動場駅に停車。その後の停車駅は多めで、草薙駅・御門台駅・狐ヶ崎駅・桜橋駅に停車。通過駅は県立美術館前と入江岡駅だ。
急行と普通の関係を見ると、急行の追い越しがない。線の傾きから判断すると、急行のほうが速いけれど、先行列車を追い越すほどではないようだ。それなら普通だけ運転して、並行ダイヤにしたほうが便利ではないかと思う。実際、静岡鉄道は1996年まで運行していた急行運転をやめて、すべて普通にした時期がある。現在の急行運転は2011年に始まり、15年ぶりに復活している。
ダイヤから推測すると、急行運転を再開した理由は、新静岡駅側と新清水駅側を比較して、新静岡駅側のほうが乗客が多いからではないか。新静岡駅で急行が発車する直前に普通が発車していて、この列車は県総合運動場駅止まりになっている。県総合運動場駅に到着した直後に急行が追いつく形だ。
県総合運動場駅止まりの普通を新清水駅まで運行するなら、県総合運動場駅で追い越されるはずだ。しかし普通は折り返す。「新清水駅へ行くお客様は、あとから来る急行に乗ってください」となる。
すべての列車を普通とし、一部を途中駅止まりとすると、新清水駅へ行く利用者は県総合運動場行きに乗らないで、次の普通を待つだろう。そうすると新静岡駅で列車待ちの利用者が増えて混雑してしまう。急行運転は先へ急ぐ利用者のためというより、利用者の目的地によって、列車に分散乗車させるためといえそうだ。
上りの「通勤急行」を見てみよう。通勤急行の停車駅は、新清水駅を出ると入江岡駅を通過、桜橋駅から草薙駅まで各駅に停まり、県立美術館前と県総合運動場を通過して古庄駅に停まると、新静岡駅の手前の日吉町駅までノンストップとなる。急行が通過した古庄駅・日吉町駅に停まるけれど、急行が停まる県総合運動場駅は通過する。
通勤急行は6時台の2本だけ追い越しがある。普通を県総合運動場駅で退避させて、通勤急行が通過する。ただし、その後は下りと同じで追い越しのないパターンとなり、県総合運動場駅を通勤急行が通過した直後に折返しの普通が発車していく。基本パターンとしては下り列車と同じ。朝の2本だけ追い越しがある理由は、通勤時間帯に新清水駅発の普通を増やすための処置だろう。
このダイヤの鍵は県総合運動場駅だ。上り通勤急行が通過する理由は、もともと急行を停めるだけの乗客の需要がないからだろう。なぜ下りの急行を停めるかといえば、先行する普通からの乗継ぎ客を引き受けるため。県総合運動場駅はホーム2面、線路4本の大きめな駅で、急行の待避や普通の折り返しに対応する設備がある。ただし乗客数のランクは低い。そんな様子がうかがえる。
それでは、通勤急行が古庄駅と日吉町に停まる理由はなぜだろう? 古庄駅に停車すると、その先で通勤急行が通過する駅で降りたい利用者が、後続の普通に乗り継げる。でも乗継ぎだけだったら、県総合運動場駅に停めても良いはず。そこで地図を眺めると、古庄駅のそばに静岡県立静岡農業高校がある。この学校へ通学する生徒が多いかもしれない。県総合運動場駅で普通に乗り換えても、たったひと駅で降りてしまう。ならば、最初から古庄駅に停めたほうがいい。
では、日吉町駅に通勤急行が停まる理由は何だろう? 終点の新静岡駅までは500mの距離。ここから乗る人は少なそうだし、日吉町駅は静岡鉄道の駅の中では下から2番目の乗降客数だ。静岡駅に近いから街の中心部ではあるけれど、大きな事業所や学校があるわけでもない。ひとつ考えられるとすれば、「新静岡駅が混雑するので、その手前で少しでもお客さんに降りてもらいたい」だろうか?
……そのうちに機会を作って、実際に通勤急行に乗って確かめてみよう。