時刻表から列車ダイヤを再現し、列車運行の謎を解き明かそう。列車ダイヤは列車の数が多いほど複雑で面白い。しかし、初めは単純なダイヤを眺めて、ダイヤの読み方に慣れていきたい。その意味で前回は1872(明治5)年、鉄道開業時のダイヤを再現してみた。歴史上のダイヤを眺めてみたら、当時の列車運行の様子が浮かび上がってきた。これもなかなか楽しい。さしずめ「列車ダイヤ考古学」だ。
前回も紹介した鉄道開業当時の列車ダイヤを、比較のために再掲した。おさらいすると、上下の列車は新橋と横浜を0分ぴったりに発車して、中間の川崎駅ですれ違った。開業当時の新橋~横浜間は単線だった。
今回は時代をちょっと進めて12年後。1884(明治17)年の新橋~横浜間の列車ダイヤを眺めよう。参考資料は国立公文書館アジア歴史資料センターのウェブサイトにあった。まだ時刻表は漢数字の縦書き表記。「20分」を「廿分」などと表記しており、現代っ子には読みづらい。「廿六分」などと書かれてもピンとこないけれど、「26分」である。そうかと思えば、「二十一分」という表記もある。なにか法則があるのだろうか? それとも書き間違いだろうか……。
それはともかく、漢数字のままでは読みづらいから、列車ダイヤ描画ツール「Oudia」に入力し、現在の時刻表のように表示してみた。前回は時刻部分のみ掲載したけれど、実際には、「Oudia」は時刻表そっくりの体裁でも表示できる。「列車番号」のほか、特急や急行などの「列車種別」「列車名」も設定できて、これらはダイヤを描画すると、列車の線のそばに表示される。下の備考欄はダイヤには表示されない。文字通り、「備考」つまりメモ欄である。市販の時刻表では運転日などの注意書きが記載されている。今回は資料になかったので、時刻以外は省略した。なんだかスカスカの時刻表である。
列車の時刻や、ダイヤで列車を示す線は、種別ごとに色や線の種類を指定できる。今回は途中駅を通過する列車を水色に設定した。この当時、すでに新橋~横浜間には急行列車が走っていた。実際には明治15年から運行を開始したという。鉄道開業の10年後だ。新橋~横浜間の所要時間は45分。各駅停車より10分も短縮している。前後の列車の時刻を比較すると、追い越しは行われていないようだ。
品川~川崎間には新しい駅「大森」が追加されている。この駅は鉄道開業の4年後、1876(明治9)年に開業した。この翌年、1877(明治10)年に、エドワード・S・モースが新橋行の列車の窓から、崖の途中に貝殻の地層らしき様子を見つける。これが後の大発見、大森貝塚である。大森駅を発車した直後、列車の速度が遅かったから見つけられたかも!?
大森駅は不名誉な記録もある。1885(明治18)年10月13日、列車が脱線し、乗客1名が亡くなった。日本初の鉄道死亡事故である。ここに掲載した1884(明治17)年のダイヤ改正の1年後で、深夜に運行された臨時列車だった。臨時列車だからこの時刻表には記載されていない。
この線路は現在、東海道本線の長距離列車が走っている。しかし大森駅にホームはない。京浜電車(現在の京浜東北線)が開業した後、昭和の時代になってから、長距離列車はすべて通過するようになった。その後、ホームも解体されている。
さて、この時刻表から列車ダイヤを描画してみよう。
青い線の急行列車は1日2往復。所要時間が短いから、線が急角度になっている。時刻表を見ると、開業時に比べて発車時刻が不規則になったけれど、ダイヤで見れば、普通列車はなんとなく等間隔だ。利用者の都合に合わせて変更したようだ。
開業当初、下り・上りの列車は川崎駅ですれ違っていた。このダイヤでは、川崎駅でのすれ違いはちょっと新橋寄りにずれている。列車の交差部分を見ると、新橋と品川の間、大森と川崎の間ですれ違っている。他の列車も、駅ではなく駅間ですれ違っている。つまり、明治17年の新橋~品川間は複線になっていたとわかる。
1876(明治9)年に新橋~品川間が複線化され、続いて大森~川崎間、川崎~鶴見間、品川~大森間、鶴見~横浜間の順に複線化された。新橋~横浜間の複線化完成は1881(明治14)年であった。どこでもすれ違いができるから、ダイヤ設定も楽になったし、列車の遅れが反対方向の列車に影響を与えにくい。複線化は当時の人々に、鉄道開業に次ぐ驚きを与えたに違いない。
この程度の列車運行本数なら、単線でもやりくりできそうだ。しかし実際には貨物列車も走っていた。日本初の貨物列車の運行開始は1873(明治6)年から。鉄道開業の翌年だ。貨物列車は旅客用の時刻表に記載されていないから、このダイヤでは再現できない。
貨物列車がどんな時間帯に走ったか、旅客列車の線の隙間を見つめてみよう。貨物列車の線が浮かび上がってくるかも……。いや、それは幻覚だ。列車ダイヤに熱中しすぎで疲れているせいだ。そろそろ休憩しよう。