「人生100年時代」と言われる現代。20代でも早いうちから資産形成を進めることが求められています。一方で、どのように投資・資産運用の目利き力を磨いていけばいいのか、悩んでいる方は多いのではないでしょうか。
この連載では、20代の頃から仮想通貨や海外不動産などに投資をし、現在はインドネシアのバリ島でデベロッパー事業を、日本では経営戦略・戦術に関するアドバイザーも行っている中島宏明氏が、投資・資産運用にまつわる知識や実体験、ノウハウ、業界で面白い取り組みをしている人をご紹介します。
「AIエージェント」についての連続インタビュー、第2回は「金融業界におけるAIエージェント活用」をテーマに、株式会社セールスフォース・ジャパンの高橋博樹氏と東山勇介氏にお話を伺います。
ロボアドからAIエージェントへ
――金融業界の中でも、資産運用の領域でいうと今は「ロボアド(ロボアドバイザー)」がAIに近しい存在なのかなと思うのですが、AIエージェントの普及によって顧客体験がどう変化していくのでしょうか?
高橋氏:金融業界のデジタル化が進む中で、ロボアドはすでに多くの人に知られる存在になっています。ロボアドは、AIによってお客様の投資目的に合わせたポートフォリオを自動で最適化・運用するサービスですが、その仕組みは主に統計的な金融工学と機械学習をベースとした「予測型AI」です。
今注目されているAIエージェントは、「お客様と自然な言葉で対話をしながら、より本質的な金融相談に乗りつつ、お客様へ寄り添う存在」になっていくでしょう。ロボアドの場合、「そもそもなぜ資産運用をしたいのか?」「いつ現金化するのが良いのか?」などお客様の状況に寄り添った提案が少々弱いわけですが、AIエージェントによって、テキストチャットや音声チャットで相談対応ができるようになります。それによって、金融サービスにおける顧客体験が大きく変わると感じています。
これまでは、「ロボアドを使って資産運用してください」「ロボアドだと、いくら投資すればこうなりますよ」というセールストークをするのが人の役割でした。AIエージェントはその人の役割を担うことができるので、普及すると顧客体験が「人との対話」から「AIとの対話」に変わり、AIとの対話が“体験そのもの”になる時代が来るとも言えるでしょう
ゴールベース・アプローチの顧客体験
――AIとの対話そのものが顧客体験になるというのは、劇的な変化ですね。いわゆる「ゴールベース・アプローチ」をAIに伴走してもらいながら実践していくのでしょうか?
高橋氏:そうですね。たとえば、結婚式の費用やマイホーム購入、老後資金といった人生の節目に関する相談を、お客様がチャットや音声でAIエージェントに持ちかける。するとAIエージェントは、「それなら月いくらの貯蓄・運用が必要です」「この利回りの商品がフィットします」といった個別のアドバイスを返してくれます。このような対話型の体験は、ゴールベース・アプローチに近く、金融の原点である「人生の夢を支えるサービス」としての姿を体現してくれるのではないでしょうか。すでにロボアドを使っている人であれば、「AIエージェントでより使いやすくなった」と感じるかもしれません。
金融機関のチャネルの進化が生む新常識
――ユーザーサイドではなく、金融サービスを提供する金融機関サイドからAIエージェントを見たときに、どんな変化が起こると思いますか?
高橋氏:ネット、モバイルと続いて、今やAIが新たな顧客チャネルになろうとしています。銀行や証券会社、保険会社などの金融機関にとっては、お客様の人生の夢や課題にどうアクセスし、お一人おひとりに、いかにフィットするご提案ができるかが重要です。今まではすべて人がやっていたことですが、人がやっていたコンサルテーションの部分もAIエージェントによって強化される可能性は高いです。
金融機関の公式サイトだけではなく、旅行サイトや航空会社のサイト上にAIエージェントが常駐し、ローンや資産運用、保険などのご提案をする世界が現実味を帯びています。BaaS(Banking as a Service)との組み合わせで、金融があらゆる場所に溶け込むようになるでしょう。「新婚旅行で海外に行きたいけど、チケットが高くて買えない」というお客様に目的ローンのご提案をするなど、シームレスに金融サービスを提供できる世界になると思います。これまでは、1社1社と業務提携し連携の仕組みを作らないといけなかったわけですが、API、データ基盤や自律型AIを活用しSaaSでノーコードで簡単に構築でき、すぐに使える時代になってきました。
AIエージェントは広告でもあり営業でもあり、お客様と最初に接点を持つ存在です。人件費や広告費を最適化しつつ、お客様へ高精度な提案を行うことで、筋肉質な経営が可能になります。チャネルの地殻変動が起これば、AIエージェントが出張して契約をお預かりする世界になるかもしれません。金融機関のカタチが大きく変わります。賢い広告媒体であり賢い営業パーソンでもあるのがAIエージェントです。
AIエージェントが金融リテラシー格差を埋める
――金融サービスを利用する上で「金融リテラシー」の向上は避けて通れないと思うのですが、AIエージェントの普及によってそれも変化がありそうですね。
高橋氏:金融商品は複雑かつ無限に近くあり、十分なリテラシーがなければ適切な選択が難しい現実があります。しかし、AIエージェントが相談対応とパーソナライズされた提案を通じて、リテラシーの壁を乗り越えさせてくれます。
年齢や資産額だけではわからない「貯蓄志向か投資志向か」「リスク寛容度」といった感情的・価値観的な部分にも、対話型のAIなら自然にアクセスできます。若い世代ほどAIとの会話に慣れており、AIネイティブ世代が将来の金融消費の中心になることを見据えると、今からAIエージェントの整備を進めることが競争力につながるといえるでしょう。
AIエージェントが“総合案内人”に
――複雑かつ無限にある金融商品と言えば、やはり保険かなと思うのですが、保険業界担当の東山さんはAIエージェントをどう見ていらっしゃいますか?
東山氏:保険を提供する側とお客様側、どちらにも大きなメリットをもたらす存在になると考えています。提供する側では、商品開発や査定に加え、あらゆる事務業務で高度化・自動化が加速するでしょう。ただ業務を効率化するだけでなく、これによってお客様に接する時間を増やすことができるようにもなるので、顧客体験の向上にもつながるのではないでしょうか。
お客様側にとっても、簡単になる・便利になるという側面のメリットはもちろんですが、何よりも情報の非対称性の解消に大きく貢献するでしょう。まずは保険会社や保険代理店がお客様にAIエージェントによるサービスを提供することになろうかと思いますが、いずれは個人個人が自分専用のAIエージェントを持つようになり、そのAIエージェントが自分に最適な保険商品を選んでくれるようになる。そんな未来も夢物語ではないように思います。
地域金融機関の自己変革と人×AIの共創による新しい金融
――AIは「どんなデータを学習させるか」が重要ですが、考えてみると金融はデータの塊ですから、AIとの相性は極めて良いわけですね。コンプライアンスの課題はあるのでしょうけど、金融機関でのAI活用は加速しそうですね。
東山氏:大手金融機関と比べ、地方銀行や信用金庫、信用組合などの地域金融機関はDX人材が不足しがちです。そこで、ローコード・ノーコードで構築可能なAIエージェントの活用が重要になってくると思います。セールスフォースが提供するCRMや開発ツールと組み合わせることで、地域金融機関も自らの力で顧客体験を変えることが可能になります。営業チャネルの変革、コスト構造の見直し、業務効率化によって、競争力のある地域金融サービスが実現します。自己変革の手段としてのAIエージェントは、単なるツールではなく「未来を選び取る力」そのものです。
とは言っても、AIがすべてを自動化する未来はまだ先で、金融業界でも「ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop)」が基本になります。AIエージェントが一次対応を担い、人が意思決定や感情的ケア、倫理判断を担うという共創のカタチです。相続などセンシティブな領域では、人間関係が絡むためAIの判断だけでは不十分なこともあります。一方で、日常的な問い合わせ対応、リサーチ、資料作成、ロールプレイングや社員教育などでは、AIの活用が大きな成果をもたらします。AIエージェントを使いこなす人が、次の時代の金融プロフェッショナルになるのではないでしょうか。
AIエージェントによる資産運用立国
――2024年からスタートした新NISAや、最近はプラチナNISAなどの議論もありますが、いずれにしても資産運用は必須の時代になっていると思います。AIエージェントが、資産運用立国のキーになりそうですね。
高橋氏:新NISAが始まり、2024年は総口座数が2,560万口座、買付額が17.4兆円と普及は進んでますが、まだまだ一部の人しかNISAを活用していないのが現状で、資産運用を当たり前にするにはAIエージェントでお客様へ寄り添い、金融サービスの体験価値を向上する必要があります。
今後は、お客様がAIエージェントと24時間365日対話できる時代になります。常に同じパーソナリティのAIが専属の担当者として伴走し、相談履歴や価値観に基づいて最適な提案を継続的に行う。将来的には、AIエージェント同士が連携して最適な専門サービスへ送客する仕組み(AIエージェントto AIエージェント)も登場するでしょう。金融の顧客体験が劇的に向上すれば、それは日本社会全体の資産形成にも大きな追い風となるはずです。
東山氏:AIエージェントが保険商品を選んでくれるという話にも関連しますが、ユーザーが自己開示がなければ、最適な提案は難しいですよね。「AIへの自己開示に向けて、どのように信頼されるAIを実現するか?」が、今後は課題になるのかもしれません。アバターが良いのか? ヒューマンライクなAIが良いのか? 日本はアニメ文化が根付いているので、アバターやキャラクターも良いかもしれないですね。AIとの対話が若い人ほど日常的なことになっていますから、自己開示することでより最適化された金融商品に辿りつけるようになります。比較サイトなどで情報収集し、比較検討する必要がなくなり、よりユーザーフレンドリーな金融サービスが体験できると思います。


