今回のテーマは「ソファの作法」だ。数年前から「人をダメにするソファ」なるものが出現しているが、私に言わせれば「え? 君、ソファの助けがないとダメになれないの?」という話である。

そんなもの、「人をダメにするソファでダメになる」なんて、「補助輪付きで自転車に乗れた」「ビート板で泳げた」と全く同じだ。全然乗れていないし、泳げていない。つまり、ダメでもなんでもない。

ダメなやつは、ソファなんかに寝そべってなくてもダメ。むしろ、フェラーリに乗っていてもダメに見えるようでないとダメだ。そんな、「錦を着てても心はボロ」を目指して日々精進中なため、当然、ソファに頼らないダメな生活を送っている。

だが一応、わが家にソファはある。人をダメにするソファではない。どちらかと言うと、自らがダメになっているソファだ。

コラムやエッセイの仕事を始めて久しいが、今まで読者に伝えられた有益情報と言えば、「歯を大切にしろ」ぐらいだと自負している。しかし、もうひとつだけ教えられることがある。「安い合皮はやめとけ」だ。

わが家の家具は大体、某お値段以上の家具店で揃えられている。この謳い文句通り、今でも活躍し続けている家具もあるが、中には「お値段相応!」と言わざるを得ないものもある。合皮類はそれにあたる。

まず、私の仕事机の椅子がそうだった。それでも3~4年は普通に使えたので元は取れているとは思うが、ある時からその皮がはがれ始めたのだ。それも、蛇の脱皮ぐらい潔ければいいが、残念ながら人間式。日焼け後のように、ちょっとずつボロボロとはがれ始めたのだ。つまり、毎日ひじきのような黒いカスが床に散乱するのである。

だが、舐めてもらっては困る。私はソファなどに頼らず、実力でダメな人間である。ただでさえ汚い部屋の床に、食えない不均一なひじきが散乱しているという、「歩き始めた赤子と小動物が5匹いる家でもこうはならない」という光景を一瞥して、私はこう言った。

「So what?」

だからどうした、と。こんな座るだけで部屋が汚れるマジカルチェア早急に捨てよう、とは思わなかった。なぜなら「座れる」からだ。椅子として機能しているものを捨てるなんて、その方がおかしい。

確かに、毎日部屋は壊滅的に汚れていくが、それに関しては私も「負けないぞ」という気持ちで、さらに汚していけばいい。ある意味、相乗効果だ。それに、皮が全部はがれてしまえば、もうはげなくなる。文字通り、「生まれ変わった」椅子と再出発だ。

そんな、椅子と私、お互い高めあう日々が続いたが、残念なことに、わが家には夫という常識的な感覚を持つ人間がいた。まだ座れる椅子を「捨てろ」と言う。私からすれば、「これがモラハラ……!?」というぐらい、非常識極まりない命令なのだ。しかし、おそらく世間一般の調停ではこっちが負ける話なので、しぶしぶ椅子は捨てられ、夫が独身時代から使っている年代物のディスクチェアを使うはめになった。

そしてわが家のソファだが、その椅子と同じ家具屋の同じ素材だ。使用頻度が低いため、椅子よりは長持ちしているが、徐々に皮がはげ始めている。夫は当然、「捨てたい」と常々言っているのだが、何せそのソファは2階にある。市に回収してもらうにも、まず外には出さなくてはいけない。

「ふたりで運ばないか」。何度か夫にそう言われたが、その工程には「階段」というSASUKEで言うなら「クリフハンガー」級の難関がある。よっていつも私の返答は、「死人が出る」だ。

死ぬのは高確率で私なので、問題はないかもしれないが、階段の中間地点で死なれたら、進むことも戻ることもできないアゲハ蝶状態で、夫も困るだろう。よって、ソファは「極力座らない」という方針のもと、保留されている。

このように、わが家ソファは本来の用途には使えない上に、触るとゴミが出るという、「ゴミを出すゴミ」という、ほぼ私と同じ機能を持つようになってしまった。「安い合皮は買うな」。やはりそれだけは自信をもって言える。

筆者プロフィール: カレー沢薫

漫画家・コラムニスト。1982年生まれ。会社員として働きながら二足のわらじで執筆活動を行う。デビュー作「クレムリン」(2009年)以降、「国家の猫ムラヤマ」、「バイトのコーメイくん」、「アンモラル・カスタマイズZ」(いずれも2012年)、「ニコニコはんしょくアクマ」(2013年)、「負ける技術」(2014年、文庫版2015年)、Web連載漫画「ヤリへん」(2015年)など切れ味鋭い作品を次々と生み出す。「やわらかい。課長起田総司」単行本は全3巻発売中。