漫画家・コラムニストとして活躍するカレー沢薫氏が、家庭生活をはじめとする身のまわりのさまざまなテーマについて語ります。

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年を取ると、ちょっとやそっとのことでは動じなくなり穏やかになる、と言う一方で、涙もろくなったり、怒りっぽくなるという話もある。

一体どっちなんだはっきりしろ、と既にキレかけている時点でやはり年を取った方が感情の制御が難しくなっている気はする。

そのせいか、年を取ると感情の起伏が起こりそうなこと自体を避けがちになってくる。

中学生の時は、夏休みの読書感想文に、図書館にあった林真理子の「不機嫌な果実」を選んでしまうほど果敢だった。

しかし今は、本は食エッセイとグルメ漫画、アニメは日常系、映画は熟考を重ねた上での「デビルマン」と精神的不慮の事故を徹底的に避ける姿勢になってきている。

これは大人になって傷つきやすくなったというよりフィクションに対する「感情移入度」が高くなったからではないかと思う。

若いころは、どんな酷い目にあっている登場人物を見ても「他人事」としか思えなかったが、今では「全員先輩」もしくは未来の自分にしか見えないのである。

よって映画デビルマンのように、暗い話な上に登場人物が酷い目にあっていても「誰一人何を考えているのかさっぱりわからない映画」の方が安心して見られるのだ。

そして、年を取ると「回復が遅くなる」のだ。

一度、自分の中の伊代がセンチメンタルジャーニーに出かけると、なかなか帰ってこないのである。

ただこれは個人差があり、年を取ったことになり伊代が日帰りになった、という人もいるだろうし、もっと年を取れば「何に悲しんでいたのか」さえ1日で忘れるようになるのかもしれない。

ただ、年をとると肉体的には確実に傷つきやすく、そして回復が遅くなる。

くしゃみで尿漏れなどまだ序の口であり、そのうちくしゃみで骨折、最終的に幽体離脱をするようになる。

私も若い頃はカサブタを剥ぐと傷が大体治っていたのだが、最近ではカサブタの下から「できたての傷」が現れるようになり、その繰り返しで、背中が伝説の老兵みたいになりつつある。

このように、年を取ると体調を崩したり、けがをすると治りに時間がかかり、致命傷になったりすることにもなりかねないため、最初から病気やけがをしないよう、体には気をつけなければいけない。

よって「体に気をつける」というのは、健康に良いことをするのではなく「健康に悪いことをしない」ことになってくる。

廃油を1リットル飲んでも青汁を2リットル飲めば大丈夫ということではないからだ。

つまり「無茶をしない」ことが大事であり、体に対してスパイシーなことはできるだけ避けるべきなのだ。

そんなわけで今回のテーマは「ホットドリンク」である。

私は「好きな飲み物は?」と聞かれたら迷わず「水道水をロック、またはストレートで」と答える。

他の飲み物を飲むこともあるが、ほぼ必ずチェイサーとして水道水も用意している。

しかし「水道水のホット」はあまり飲まない。

私は液体を飲むのは喉が渇いている時というイメージがあるので、暖かい液体を飲むという習慣があまりないのだ。

出されれば飲むが、自らホットドリンクを注文するのは真冬に屋根のない店に入ってしまった時か、あまりにも間が持たない相手といる時だけだ。

私がホットドリンクを頼んだらそういうことだと思ってほしい、つまりその店には屋根がないのだ。

しかし、前述通り、年を取ると体はダメージを負いやすくなっている。つまり「冷たい飲み物」に対する耐性も弱くなり腹を下しやすくなるため、最近冬場はロックよりストレートを嗜むことが多い。

ちなみに「水道水のホット」は世間では「白湯」と呼ばれており、健康に良い飲み物として有名である。

意識高い系や美容系のモーニングルーティン動画を見ると、寝起きにはほぼ100%白湯を飲んでいる。もはや白湯を飲んでない奴は何をやっても駄目と言わんばかりだ。

睡眠で失われた水分を補給するには意外にも「水」が一番であり、さらに冷水よりは刺激の少ないぬるま湯の方が好ましい。

体に良いという飲み物は数あれど、やはり水ほど人体に必要かつ、無害なものはないのだ。

それを考えると私が「好きな飲み物は水道水」と答えるのはかなり意識が高いはずなのに、なぜか枕元にストロングゼロを置いている人間と同ステージに置かれがちである。

おそらくこれは言い方の問題だ。

「朝は一杯の白湯からはじまります」と言えば丁寧な生活っぽいが「起き抜けにヌルい水道水をあおる」を言えば、途端に二日酔いの朝感が出てしまう。

世の中結局、言い方と見せ方なのだ。どれだけ実体がダサかろうがなかろうが、言い方次第でオシャレに見え、憧れる人間も出てくるのである。

よって私も今年は自分のことを「無職」などとは言わずに「ジョブレスという新しい生き方」という見出しで若者向けライフハック記事サイトに掲載されるようになりたいと思う。