思い出しただけでブルーになる「玉子の時間」

スッチー時代の辛い仕事といって真っ先に思い出すのが「玉子」。そう、玉子よ!! 退職した今でも「たまご」という言葉を耳にしただけで、ゾゾゾッとしてしまうくらいのトラウマレベルの出来事があったのよ。

ある日のフライト。ついに私にもまわってきたわけよ、後輩いびりで有名なM先輩とのフライトが。前の晩は寝付けないくらいに滅入ってしまい、周囲からの「がんばって」エールが余計と物悲しいかった。「でも仕方ないわ、お仕事だもの」と、泣く泣くフライトに向かったわけ。

M先輩の一挙手一投足に気を配り、ビクビク。何かと細かいことは言ってくるけれど、そんなの"へ"でもないわ。これから訪れる魔の"玉子の時間"。そこにM先輩が立ち会うなんて……考えただけで全身汗ぐっしょりよ。

でも神様ってば無情。ついにやってきた玉子の時間。……とういか、読者の皆さんはそろそろ「玉子の時間」ってなんなんだよ! とイライラする頃かしら。そう、玉子の時間とは、ファーストクラスの朝食サービスの時間帯のこと。「ファーストクラスだもの、優雅な雰囲気の中でエレガントにCAがサービス」なんていうのは表側だけ!! 裏方のギャレーは戦場さながらで、凄まじいったらありゃしない。

朝食前には、お客様1人ひとりから玉子料理のオーダーをとる。「オムレツ」「スクランブルエッグ」「目玉焼き」「ゆで玉子」と、好みのメニューを選んでもらう。スクランブルエッグは半調理されたものをオーブンで焼いて、途中で混ぜて仕上げる、目玉焼きはホットプレートを準備して油を引き、片面焼きか両面焼きかのリクエストに沿ってつくる。そして、それらと同時進行でゆで玉子づくり。電気ポットに生卵を入れて茹で、その合間合間でタイミングを見計らいながらお客様にサーブもしなければいけない。それはそれは大変な時間なのよ。

そんな中、とあるお客様が「ゆで玉子」をリクエスト。ギャレー内はてんてこ舞いだけど、仕事だもの、必死で目玉焼きをつくってる傍らでゆで玉子をつくってキャビン担当のM先輩に渡したわ。

M先輩、お客様へゆで玉子を渡しながら「ゆで具合はいかがですか」と確認してる。そう、あちらのお客様のリクエストは半熟。心の中で「半熟に仕上がっていますように! 」と祈るも、お客様は「んん、ちょっと固目かな……」と返答。

M先輩はすぐさま「申し訳ありません、つくり直させます」と引きあげてきた。そりゃあね、M先輩のやっていることは正しいわよ。でもね、でもね、私たちは「次のお客様の目玉焼きは片面焼き? 両面焼き?? 」と確認しながら時間と格闘してる真っ最中。

そんな状況だけど、M先輩が鬼教官のように背後に張り付いているから、頑張ってつくり直したわよ。今度は、ゆで時間をさっきより短くしたものをM先輩に渡したわ。「もう戻ってくんなよ!! 」と心の中で叫びながら。

M先輩が「今度はいかがでしょう」と確認しているのが聞こえる。しかし、今度は半熟というより生に近い状態だった様子。M先輩は鬼の形相で、その限りなく生に近い玉子と一緒に戻ってきた。正直、「腹ん中入ったら同じだよ!」と毒づきながら、「私、ゆで玉子つくるためにスッチーになったんだっけ」とむなしくもなったわ。

お客様も「もういいですよ、本当にもう……」と恐縮しきりな様子。しかし、「お客様にはパーフェクトなものをお出ししたい」というM先輩の想いが先行しすぎてしまい、もはや誰のためのサービスだか分からない状態。乗務員だけではなくお客様も含めて、同乗した全ての人が不幸になるM先輩とのフライト、もう2度と御免!

イラスト: 伊東ぢゅん子

著者プロフィール

pこ
今から、ん年前、外資系某エアラインに客室乗務員として入社し、5年間国際線勤務。月のうち2/3はフライトのために海外へ。ロングステイのフライトでは、観光やグルメ、ショッピングにいそしむ日々。
ファーストフライトとラストフライトで、コックピットのジャンプシート(補助席)からみた着陸の光景は忘れられませぬ。