世の中の大半の仕事は、人がいることによって成り立つ。そもそも取引先がいなければ仕事の受注がないわけだし、上司や先輩のサポートもなくいきなりバリバリと業務はこなせない。
多くの他人が関係してくる以上、相手に対する敬意やマナーが必要となってくる。だが、職場で使用するツールの使い方や業務上必要なタスクを先輩社員からレクチャーされることはあっても、ビジネスマナーをイチから教えてもらった機会がある社会人は少ないはずだ。そのような人は、無自覚のうちに礼節を欠いた態度をとってしまい、ビジネスチャンスを逸してしまう恐れがある。
そこで本連載では、筑波大学および札幌国際大学の客員教授を務めながら、大学や官公庁などで「職場に活かすおもてなしの心」をテーマとした講演や研修を手掛ける江上いずみ氏に、社会人として知っておくべきビジネスマナーを解説してもらう。
言葉づかいは第一印象を決める
就職面接をするうえでも、新社会人として初めて所属する部署に行って挨拶する際にも、「言葉づかい」はその人の印象を決めるとても重要な要素です。お話を始めてからわずか10秒~15秒で、その人がどのような人物なのか、はっきりと印象付けてしまいます。
「ビジネスマナー」とは、仕事をするうえで「相手に不快な思をさせない礼儀」であり、コミュニケーションの潤滑油ですので、その一つといえる「言葉づかい」については、なるべく多くの留意点をお伝えしたいと思い、複数回にわたって綴ってきました。
第3回連載では「言葉づかい」のうち、「敬語動詞」の使い方について、第4回では、敬語だけではない言葉のルールについてお話ししました。今回はさらに、社会人として避けたい「言葉癖」や相手を不快にさせてしまう「耳障りな言い方」についてお伝えしたいと思います。
社会人として避けたい言葉癖
学生時代のアルバイトで使っていた、いわゆる「アルバイト敬語」は学生アルバイトでは許されても、社会人では許容されません。「敬語はアルバイトで習いました」と言う人が多くいますが、以下のような使い方は間違った「言葉癖」なので、就職活動時や社会人になった以上は使わないようにしなければなりません。
▼「~のほう」
「アルバイト敬語」から発生し、若者言葉として根付くようになって、今や気付けばビジネスの場でも頻繁に耳にするようになった「~のほう」。慎み深い気持ちを表そうとして、あるいはニュアンスをぼかして丁寧さを演出するために使われているようですが、とても耳障りな言葉です。
もっともらしい言葉づかいとして使っているうちに言葉癖となり、聞いている人は違和感を覚えながらも聞き流してしまうため、あっという間に蔓延してしまいました。
「~のほう」とはそもそも、おおよその方角を示す言葉です。あるいは2個以上の物があるときに、それらを比較する際に使う言葉です。飲食店やお店などで、
「お水のほうをお持ちします」
「空いているお皿のほうはお下げしてもよろしいでしょうか」
「おつりのほう、お返しになります」
「こちらのケーキのほう、お持ち帰りですか?」
「紙袋のほうにお入れしますか?」
とあらゆる場面で「のほう」を付けた接客用語が飛び出します。 ビジネスの場において、上司に書類のサインを求める場合も
「こちらのほうの書類にサインのほうをお願いします」
などと学生気分の抜けない言葉づかいをすれば、上司から厳しい注意を受けることになります。
「こちらの書類にサインをお願いします」
と必要のない「~のほう」を付けず、スマートな依頼をしていただきたいと思います。
▼ 「~になります」
「のほう」はそもそも必要のない言葉です。アナウンサーが「時刻のほうは7時になります」と言って、視聴者からクレームが殺到したという話があります。「時刻は7時になります」などの表現が適切です。
同じ「なります」でも、「お待たせいたしました。コーヒーのほうになります」は、さらに悪い意味で「グレードアップ」したアルバイト敬語です。そもそも「~になる」という言い方は「~に変化する」というときに使う言葉です
6時59分56秒から間もなく「7時になります」というアナウンサーの言い方は相応しいといえます。しかし「コーヒーのほうになります」はいただけません。カップの中身がコーヒーに変化したわけではありませんから、「~になります」は不適切ですし、さらに「~のほう」という二重に意味不明の言葉が使われているからです。
もしかしたら、「~になります」という言葉は丁寧語だと勘違いしているのかもしれませんが、それは間違いです。素直に「お待たせいたしました。コーヒーをお持ちしました」でよいのです。
就職活動をする際、訪問した会社においても、「エントリーシートになります」ではなく、「エントリーシートでございます」と正しい表現を意識してお渡ししましょう。