悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、転職したいけど不安な人へのビジネス書です。
■今回のお悩み
「転職したいが、不安が大きすぎる」(32歳男性/不動産営業関連)
30代前半は、たしかに転職を意識する時期かもしれませんね。はるかに昔のことですが、振り返ってみれば、たしかに僕も同じでした。あのころは、やはり期待と不安が入り混じったような気持ちだったなあ。
などと思い出に浸っている場合ではありませんが、いずれにしても転職には不安がつきもの。その転職が成功すると保証されているわけではないのですから、当然といえば当然です。
でも保証がないとはいえ、さまざまな意味の「準備」をしておけば、リスクを減らすことはできるはず。そこでビジネス書を参考にしながら、ご自身にとっての最適解を見つけ出しておきたいところです。
自分自身を発展させる「展職」を
『展職のすすめ 人生のバリューを上げるキャリアアップ転職の秘訣』(石合信正 著、幻冬舎)の著者は、これまでに6度の転職を経験してキャリアを積み上げてきたという現在69歳の現役ビジネスパーソン。
年齢もさることながら、転職回数は多いように感じられるかもしれません。しかし安易に決めた転職は一度もなく、6度が6度とも、「現職にとどまるべきか、新天地を目指すべきか」と、限られた時間のなかで常にギリギリの決断をしてきたのだそうです。
そんな経験があるからこそ、次のように断言できるのでしょう。
私の経験からいうと、いくつかのポイントをしっかり押さえれば、転職でキャリアアップを達成することはそう難しいことではありません。現に私も、6度の転職に際して、すべてキャリアアップする形でスタートすることができました。(「はじめに」より)
ただし著者には、転職が当たり前のこととなった昨今の転職市場を見ていて気になる点もあるようです。それは、転職があまりにも簡単かつスピーディーに成立してしまうため、転職自体を軽く考えてしまう風潮が見られるということ。
本来、転職とは自分の人生を左右する重大な転換点です。ところがいまは、「もし今度の転職がうまくいかなかったとしても、また転職すればいい」と安易に考えてしまう人も少なくないのではないかと危惧しているというのです。
また、転職活動があまりにもスピーディーに進んでしまうため、自分のこれまでのキャリアについて真摯に振り返ってみたり、キャリアアップを含めた中長期的な展望についてじっくり考えたりする人も少なくなっているかもしれません。
著者がここで転職に関する基本的な考え方を改めて強調しているのは、そんな思いがあるから。
自分の経験した仕事を一つのキャリアとして他者から評価されるためには、一般的に5年、最低でも3年の経験が必要です。例えば不動産営業の経験者と自ら名乗るには、不動産営業における3年以上の実務経験が必要になるのです。逆に3年未満の職歴は、それがどんなに珍しい仕事であってもあなたのキャリアにはカウントされません。(16ページより)
つまり、もしもひとつの企業やひとつの職場で3年以上の経験を積むことなく転職を繰り返しているのだとしたら、なんのキャリアを積むこともなく、ただ"転がっているだけ"だと社会から見なされてしまうわけです。
そのため、転職を自分自身のキャリアアップにつなげたいのであれば、3年以上続けられる仕事を慎重に選択することが大切。具体的には3年先、5年先をある程度想定したうえで、自分自身のキャリアプランを練り上げていく必要があるのです。
なお、本書で著者が「転職」を「展職」と表記しているのも、そんな理由があるから。
転職先の選択肢も増えて誰もが転職しやすくなった時代だからこそ、しっかりと自分の将来を見据えて悔いのない転職先を慎重に選ぶことが大切です。職を"転がる"転職ではなく、自分自身を発展させていけるような"展職"を一人でも多くの方に経験してほしいと願っています。(17ページより)
これはまさに、転職を含む多くの経験をしてきた先達だからこそ伝えることのできるメッセージであるはず。転職を成功させるために、心にとどめておきたい考え方ではないでしょうか?
第一条件は「世の中の役に立つ」仕事かどうか
『転職の鬼100則』(早川 勝 著、明日香出版社)の著者は、生命保険会社の本社に籍を置き、採用推進をおもな業務としている人物。本書執筆時点では応募者の「最終面接」を日々担当し、その分母となる数万人の応募者のなかから数百名程度にまで厳しくふるい落とす"鬼"のジャッジメントに明け暮れてきたのだそう。そのため、このようなタイトルになっているわけです。
また、それ以前の20年間にも、生保業界の営業所長・支社長として、ヘッドハンティングやスカウト活動にも従事し、転職する人たちの「心」に寄り添ってもきたようです。
いわば、人生の大半をリクルート活動に捧げてきたわけです。また、自身もビジネスの最前線でもまれながら、『展職のすすめ』の著者と同じく6回の転職を経験。そうやってキャリアアップを実現してきたのだとか。
ところで転職を考えている以上、現職の会社方針について行けないとか、将来が見通せずに目標を失っているなどの悩みを抱えているはず。その気持ちは痛いほど理解できると著者も述べていますが、しかし、だからといって焦りは禁物。
焦りから安易に職を転々としていると、ますます条件の悪い会社へと流されるはめになり、結局は「最初の会社がいちばんよかった」ということになってしまうケースも少なくないからです。
そもそも転職しようというとき、対象となる企業のどこを見て取捨選択しているのでしょうか? もちろん業種・職種、そして待遇面が大事であることは間違いないでしょう。しかし、その前に最優先しなければならない"条件"があると著者は主張しています。
その第一条件とは「世の中の役に立つ」という"社会的な価値"が高い職業かどうか、心から湧き上がるソーシャル・モチベーションを、あなたが持てるかどうかである。(23ページより)
これもまた、転職するにあたっての重要な視点であるといえそうです。雇用条件がよかったり、オフィスが立派だったり、業績が好調だったりすれば、たしかにその会社のことが魅力的に感じられるでしょう。けれども、会社の目的がなにごとに関しても"自社ファースト"であると感じたとしたら、即刻、転職リストから外したほうが賢明。
そんな環境であれば、一生懸命に働けば働くほど、自分のなかの"良心"は否定していくだけになってしまうからです。
転職とは一世一代の従大な決断であることはいうまでもない。「何のために働くのか」という社会的意義のある仕事を、まずは選択することである。(23ページより)
「キャリアのチューニング」を続ける
一方、『年収が上がる転職 下がる転職』(山田実希憲 著、すばる舎)の著者は読者に対して次のように問いかけています。
「10年後、どうなっていたいですか?」(31ページより)
終身雇用と年功序列の制度のなか、ひとつの会社の組織ピラミッドを登っていくキャリアが当たり前だった時代がありました。いまとなってはむしろ非現実的ですらありますが、そんな時代には10年後について、「部長になる」「出世する」というようなことばで表現することができたわけです。
しかし、いまの時代は一社で勤め上げる以外の選択肢が増え、会社の平均寿命も21.5年といわれているのだとか。およそ平均的なビジネスパーソンは2社以上でキャリアを構築していくことになり、定年が65歳になったりもして、とにかく働く期間が長くなっています。
そうなってくると当然ながら、役職でキャリアを語るというよりは、自分がなにをスキルとして仕事に向き合い、満足のいく対価を得ているかに焦点が当たることになります。
たとえば、スキルを磨いてスペシャリストを目指すというキャリアもあるでしょう。あるいは「英語×法人営業」というようにスキルをかけ合わせていく生き方もあるはずです。
いずれにせよ、先がわからないからこそ、自らが仕事を選択していけるように自分を知ることがポイントになります。
10年先のイメージが遠すぎるようであれば、3年後にどうありたいか、5年後にどうありたいか、中期的なイメージを考えてみると少し具体的になってきます。(31ページより)
なお、こういったキャリアイメージをときどき振り返りながら、想定との違いを調整していくことを、著者は「キャリアのチューニング」と表現しているそうです。これは、非常にうまい表現だと感じます。
今後のキャリア構築に際して、自分を知り、社会を知ること。それがキャリアを重ねる必須のスキルになっていくものと捉える。そして定期的に、他者目線を入れるチューニングを"健康診断のように"続けていくことが大切だという考え方。
なるほどそこまでしておけば、転職のリスクを減らすことができそうです。