悩み多きビジネスパーソン。それぞれの悩みに効くビジネス書を、「書評執筆本数日本一」に認定された、作家・書評家の印南敦史さんに選書していただきます。今回は、人との距離の縮め方に悩む人へのビジネス書です。

■今回のお悩み
「人との距離を縮めるのが苦手」(34歳女性/経理関連)


人間関係に関する悩みは尽きませんが、必ずしも「うまくいかない」「相性が悪い」というようなことばかりではないのも事実。

うまくいかないのであれば"うまくいく方法"を模索すればなんとかなるかもしれません。しかし、今回のご相談のように「相手との距離感」のとり方がわからないとなると、さらに話が難しくなってくるからです。

これだという明確な答えが存在するはずもありませんしね。

それに、いつまでもそのままの状態でいたら自分自身がつらいですし、場合によっては人間関係が必要以上に悪化してしまう可能性すらあります。だからこそ、そうならないように知見を得ておきたいところ。

たとえばビジネスの場においては、「新規のお客さんとの距離を縮めたい」と悩むことがあるのではないでしょうか? あるいは、「相手からまるで興味を持ってもらえない」と悩むこともあるかもしれません。

しかし、そんな状況下で無意識のうちに消極的になってしまい、「用があるときだけ会えばいいや」と思ってしまったとしたら、距離感はいつまで経っても縮まらなくて当然です。

では、どうしたらいいのか?

とにかく「会う」ことが重要

この問いに対して『頭のいい人の対人関係 誰とでも対等な関係を築く交渉術』(犬塚壮志 著、サンクチュアリ出版)の著者は、「とにかく会う」ことの重要性を説いています。

  • 『頭のいい人の対人関係 誰とでも対等な関係を築く交渉術』(犬塚壮志 著、サンクチュアリ出版)

なぜなら、いつの間にか好意や親近感を持ちやすくなる心の動きを左右しているのは、対象との接触回数だから。

つまり、交渉相手との距離を縮めたい場合は、とにかく会う回数を増やすのが効果的。約束をしてもよいですし、偶然を装っても構いません。
ポイントは、会ってじっくり話すことよりも、会う回数を増やすこと。接触時間よりも、接触回数が重要です。(117ページより)

となれば、どのくらいの接触時間をとればよいのかが気になるところですが、じつは挨拶程度の短い時間でよいのだそう。こちらに自覚がなかったとしても、相手は会うたびこちらに好意を寄せてくれるものだからです。

接触するだけで、無自覚でも相手からの好意が増すことがわかっています(Morelandら,1997)。(117ページより)

なお、ここ数年は新型コロナウイルス感染症の影響とデジタル技術の発達により、リモートでのコミュニケーションが一般的になりました。これに関しては、効果はメールよりも会話、オンラインよりも直接会ったほうが上であることがわかっているのだといいます(Ambrusら,2021)。

接触する頻度に関してははじめに接触してから3日、長くて3週間以上、間を空けないようにすることをおすすめします。3日以上経つと単純接触の効果が弱まっていくことがわかっています(川上ら,2011)。(117ページより)

直接会うことができなかったとしても、初回の接触から3日以内にメールやチャットなどでコンタクトをとり、接触の累積回数を増やすようにすればOK。ここで用いられているのは、「単純接触効果」という理論だそうです。

幾何学図形、知らない外国語の文字や音楽、知らない人の顔や名前などであっても、何度も見聞きしているうちにそれらを人は好きになってしまいます。このように、くり返し見聞きしたものに対して好意や親しみやすさが増す現象を「単純接触効果」といいます(Zajonc,1968)。(118ページより)

相手から親しみや好意を得たい場合、相手がこちらのことを知覚する量を増やすことが重要なのだとか。

知覚とは、生き物が感覚器を通じて外部の情報をキャッチすること。人は対象の手がかり(情報)の量が多いほどに親しみを感じやすいことがわかっています(Rutter,1981)。(118ページより)

手っ取り早い方法は、会ったときに相手の五感がフル稼働するように仕掛けることだそう。話していることばは「聴覚」によってキャッチされますが、聴覚は言語情報のみならず、声のトーンやスピード、高低など"非言語の情報"も捉えるからです。

したがって、あえて声のトーンを高くしたり、スピードを落としてみるなどの変化を与えれば、相手はこちらの個性を知覚する量を増やすことができるわけです。

メールやチャットなどテキストベースの情報より、話して伝えたほうがよい理由もここにあるようです。

「気まずい沈黙」をつくらないポイント

ところで、せっかく距離を詰めようと思って取引先などと一席設けたものの、場が盛り上がらずに気まずい思いをするというケースもあるのではないでしょうか? なにか話して盛り上げなきゃと焦るあまり、なにも話せなくなって逆に沈黙が続いてしまったり。『大人の人間関係力』(齋藤 孝 著、日経BP)にはこうあります。

  • 『大人の人間関係力』(齋藤 孝 著、日経BP)

こうした時、耐えられる沈黙はせいぜい5秒。それ以上に間が開くと、たちまち空気は重くなる。いざ全員が黙った瞬間から、いかに5秒以内に"次の話題を投下"できるか。私はこれを「座持ち力」と呼んでいる。あらゆる場面で役立つ能力であり、評価にもつながりやすい。(20ページより)

そうした"気まずい沈黙"をつくらないためには、3つのポイントがあるのだそうです。

1: 幅広くネタを仕入れて"チャンネル(話題)を合わせる"(22ページより)

お互いに知っているものや共通しているテーマを見つけられれば、それが話のきっかけになるということ。そのため世間の流行など、事前に広くネタを仕入れておくことが鉄則。

2: 雑談の基本は「話題を横展開する」(23ページより)

いうまでもなく、コミュニケーションで重要なのは話の流れ。ひとつの話題が尽きそうになったら、そのなかから次の話題のネタを見つけ出して誘導することが重要なのです。

3: 相手の話には「大筋で同意」する(23ページより)

たとえ相手と意見が違っても反論せず、「そうですね」と同意して場を温めることも不可欠。ひとことコメントを残すにしても、「○○ならもっといいですね」とポジティブに変換すべき。

これらは、人との距離感の問題とは無関係であるように感じられるかもしれません。しかし実際のところ、ネタの仕込み方や細かい配慮は、距離感を縮めるために大きな役割を果たしてくれるでしょう。

さて、人と接する場合、相手のことをどれだけ見抜けるかは重要なポイントになるはず。とはいえ限られた時間のなかで、相手の表情のなかから必要な情報を引き出すことは容易ではありません。

人の心は一瞬で読み取れる

そこで参考にしたいのが、『一瞬の表情で人を見抜く法』(佐藤 綾子 著、PHP研究所)。30年間にわたってパフォーマンス心理学の研究を続け、とりわけ顔の表情研究と実験などに携わってきたという著者が、その研究成果を"社会にすぐ役立つもの"として明かした一冊です。

  • 『一瞬の表情で人を見抜く法』(佐藤 綾子 著、PHP研究所)

興味深いのは、人の心は2秒で充分に読み取れると著者が断言している点。

アメリカの心理学者のナリニ・アンバディがこんな実験をしています。
学生たちに、ある授業の風景を撮影した音声のないビデオを一〇秒間見せたところ、彼らは教師の力量をあっさり見抜きました。
さらに、ビデオを見せる時間を五秒に縮めても、二秒に縮めても、学生たちの判断は一貫していました。
つまり、「優れた教師だ」と判断したその第一印象は、一〇秒でも二秒でも変わらなかったというのです。(61ページより)

このエピソードからわかるのは、瞬間技で効率よく相手を判断できる能力が私たちには備わっているということ。

そしてこのことに関連し、著者は車の運転を引き合いに出しています。

ブレーキをかけるときやアクセルを踏み込むとき、そのたびごとに「はて、どちらのペダルだったかな」と足先を迷わせていては運転になりません。
そんなふうに考えると、もしあなたがその動作にとても熟練していれば、瞬時に人を判断し、「悪い人・いい人」「気の合う人・合わない人」「好きな人・嫌いな人」という見分け作業や判断作業を瞬間的に行えるようになることも十分ありえることだ、とわかっていただけることでしょう。(62ページより)

相手との距離感を推し量るのは、とても難しいことであるように考えてしまいがち。しかしこのように考えてみれば、決して難しいことではなく、考えすぎずにリラックスして臨めばうまくいくものだということがわかるのではないでしょうか?