最近、耳にする機会が増えてきた「ピックルボール」。テニスコートよりも小さなコートで、「パドル」と呼ばれるラケットを使って穴の開いたボールを打ち合う、米国発祥のラケットスポーツだ。

一見するとテニスに近いが、大きく異なるのはその“始めやすさ"。穴の開いたボールは空気抵抗によってスピードが落ちやすいため、初心者同士でもラリーが続きやすい。さらに年齢や体力による実力差が出にくく、子どもから高齢者まで一緒に楽しめる。

そんなピックルボールが今、日本で急速に存在感を高めている。ピックルボールワンが2026年3月に実施した調査によると、国内の競技人口は前年の約4万5000人から約33万人に拡大。さらに、ピックルボールに興味・関心を持つ「潜在プレーヤー」は約1189万人と推計されている。

そして、この新しいスポーツに熱い視線を送っているのはプレーヤーだけではない。Sansanや電通グループをはじめ、さまざまな企業が相次いで参入。コートの整備から選手育成、プロリーグまで、ピックルボールをめぐる新たなビジネスが動き始めている。

なぜ今、企業はピックルボールに注目するのか。Sansan ピックルボール事業推進室室長の小池亮介氏、ピックルボールワン 代表の熊倉周作氏、電通 スポーツビジネスソリューション局の中司雄基氏の3人にピックルボールの競技の魅力とビジネスとしての可能性を聞いた。

  • 左から電通 スポーツビジネスソリューション局の中司雄基氏、Sansan ピックルボール事業推進室室長の小池亮介氏、ピックルボールワン 代表の熊倉周作氏

    左から電通 スポーツビジネスソリューション局の中司雄基氏、Sansan ピックルボール事業推進室室長の小池亮介氏、ピックルボールワン 代表の熊倉周作氏

初心者でもすぐにラリー 「一度やると、もう一回やりたくなる」

ピックルボールは1965年に米国で誕生したスポーツで、日本には2015年、元全米チャンピオンのダニエル・ムーア氏によって持ち込まれたとされている。

試合はシングルスとダブルスの双方で行われるが、特に人気なのが2対2のダブルスだ。使用する「パドル」は卓球のラケットを大きくしたような形状で、ボールには複数の穴が開いている。

この穴が、ピックルボールの“始めやすさ"を生んでいる。ボールは空気抵抗を受けて失速するため、強く打ってもテニスボールほど速く飛んでいかない。その分、初心者でもボールを返しやすく、初めてプレーする人同士でもラリーになりやすいのだ。

  • パドルとボール

    パドルとボール

また、ルール自体も実力差がつきにくいよう設計されており、年齢や競技経験を問わず一緒にプレーしやすい。熊倉氏は、競技としての魅力を「誰でも簡単にできるハードルの低さ」に加え、人同士が自然と仲良くなれる「ソーシャルスポーツ」であることだと説明する。

「一回やってみると『もう一回やりたい』と思ってくださる人が多いです。その人が新しい人を誘って、また続けていく。そのサイクルで口コミが広がり、どんどん競技人口を増やしてきました」(熊倉氏)

  • ピックルボールが拡大した理由を説明する熊倉氏

    ピックルボールが拡大した理由を説明する熊倉氏

Sansanはなぜピックルボールに参入? コート不足から見い出した可能性

競技人口が急速に増える一方、普及に向けて一つの壁となっていたのが「プレーする場所」だった。

この課題に目を付けたのがSansanだ。同社がピックルボールへの取り組みを始めたきっかけは2024年初頭。代表の寺田親弘氏が米国出張でピックルボールに触れたことから、社内でも競技への関心が高まっていったという。

その後、ピックルボールの普及を検討する中で浮かび上がったのが、国内のコート不足だった。

そこで同社は2026年7月10日、東京・池袋に「Sansanピックルボールコート池袋」をオープンした。反響は想定以上で、オープンしたばかりにも関わらず1か月で約6000人が利用したという。

  • 2026年7月10日にオープンした「Sansanピックルボールコート池袋」

    2026年7月10日にオープンした「Sansanピックルボールコート池袋」

コートを運営している中で、小池氏が印象的だったと振り返るのが、祖母、母、孫の3世代でコートを訪れていた家族での利用シーンだ。

最初に祖母がピックルボールにはまり、娘に紹介。その娘も夢中になり、今度は自身の息子たちを誘ったことで、家族全員でプレーするようになったのだという。しかも、コート上では最初に競技を始めた祖母が若い家族に勝つ場面もあったそう。

「体力差を気にせず、一緒に楽しんでいただける。そういうところは、ピックルボールならではだと思います」(小池氏)

  • 家族での利用シーンについて説明する小池氏

    家族での利用シーンについて説明する小池氏

Sansanがピックルボールに見い出している価値は、競技のもつ魅力だけではない。

同社は「出会いからイノベーションを生み出す」をミッションに掲げている。コートについても「Where New Meets」をコンセプトとし、競技との出会いだけでなく、新しい友人や仲間、さらには“スポーツをする新しい自分"との出会いを生み出す場所として位置付けている。

さらに、もともとBtoBビジネスを展開するSansanならではの活用も始まっている。企業の経営層などを招いて一緒にピックルボールを楽しみ、関係構築につなげる取り組みで、すでに十数社と実施しているという。

  • ピックルボールをプレーしている様子

    ピックルボールをプレーしている様子

「まだ答えがない」から面白い、電通が見い出した“産業を作る余白"

一方、電通がピックルボールに注目した理由は、競技人口の伸びだけではない。 中司氏が魅力として挙げるのが、ピックルボールを取り巻くビジネスが「成長途中」なことである。

野球やサッカーといった成熟したスポーツでは、スポンサーシップや放映権など、企業とスポーツの関わり方が確立されている。一方、ピックルボールは、コートをどう増やすのか、選手が活躍する舞台をどう作るのか、企業がどう関わるのか、「するスポーツ」だけではなく、「みるスポーツ」としてどう育てるのか、といったことをこれから一つひとつ形にしていく段階にある。

「ピックルボールは国内でも更に発展していくスポーツです。選手やファン、企業、地域がどう関わり、どんなコミュニティや文化をつくっていくのか、その設計の余白が大きい。競技そのものだけでなく、新しいスポーツ産業を育てていける可能性に魅力を感じています」(中司氏)

  • ピックルボールの可能性を語る中司氏

    ピックルボールの可能性を語る中司氏

一社ですべてを完成させるのではなく、Sansanやピックルボールワンなど、それぞれ異なる強みを持つ企業が連携することで、これまで単発の体験会や大会という「点」だった取り組みがつながり、「線」になり始めているという。

電通グループは2026年4月にピックルボールワンへ出資。ピックルボールワンも、競技情報を発信するメディアから事業をスタートし、イベント運営、商品の販売、コート運営へと領域を拡大してきた。

市場そのものを作る段階だからこそ、企業が関与できる余地も大きいのがやりがいだという。

世界で戦う選手を育成、“みるスポーツ”へ広がるピックルボール

競技を普及させるためには、プレー人口やコートを増やすだけでは足りない。次に取り組まれているのが、世界で戦えるトッププレーヤーの育成だ。

その一つが、2025年1月に始動した、世界で活躍する日本人選手を育てるプロジェクト「Pickleball X」だ。元全米チャンピオンのダニエル・ムーア氏や、元プロテニス選手でピックルボール選手として活動する藤原里華氏らが指導。日々の練習だけでなく、合宿や試合映像を見ながらのフィードバックも行っている。

第1期に参加した畠山成冴選手と佐脇京選手は2026年6月、世界最高峰のプロツアーを運営するProfessional Pickleball Association(PPA)とのプロ契約を締結した。

同プロジェクトにおいて特徴的なのが選手を「強さ」だけで選んでいない点だ。

セレクションでは競技能力だけでなく、コート外での振る舞いや仲間への声掛けなども確認する。「応援される選手」であることも、これから競技を育てていく上では欠かせない要素だと考えているためだ。

第3期では、さらに新たな取り組みとして企業がチームオーナーを務める「PX LEAGUE」をスタートする。アシックス、グローブライド、Sansan、TBSテレビ、トランスコスモス、メルカリの6社がチームオーナーとして参画し、男女混合の6チームがリーグ戦を繰り広げる。

さらに10月5日には、TBSホールディングスと電通グループが日本発のプロピックルボールチーム「THE DOTS TOKYO」の設立を発表。2026年に初開催されるアジア最高峰のプロリーグ「MLP Asia 2026」への参戦も決まった。

今後目指していくのは、ピックルボールを「するスポーツ」だけでなく「みるスポーツ」へ育てることだ。

中司氏は「強い選手がいれば、おのずとファンがついてくるわけではない」と指摘する。選手がどんな思いで競技に向き合っているのか、その背景にどんなストーリーがあるのかまでを伝えることで、「この選手を応援したい」と思ってもらう環境を作る必要があるという。THE DOTS TOKYOはインスタグラムなどでの情報発信にも取り組んでいる。

「ブーム」から「カルチャー」へ、ピックルボールはどこまで広がる?

各社が見据えているのは、現在の盛り上がりを一過性のブームで終わらせないことだ。

小池氏は今後について「トレンドとして立ち上がりつつあるものを、いかにカルチャー、文化として定着させられるか」が重要だと話す。

さらに中司氏は、ピックルボールには「単なるスポーツという枠を超えていける可能性がある」と見る。

例えば、友人と久しぶりに会うためにピックルボールをする。コートに行けば誰かとプレーできる。ピックルボールをしていること自体がライフスタイルやファッションの一部になる……このような文化まで形成できる可能性があるという。

「する人」を増やす段階から、「みる人」「応援する人」、そして競技を支える企業まで巻き込む段階へ。日本で急拡大するピックルボールは今、単なる新興スポーツから、一つの市場やカルチャーへと成長できるか、その転換点を迎えている。