
慶應義塾大の広池浩成投手(4年)が、NPBを経由せず、米球界への挑戦を決断した。今春、複数のMLB球団から関心を寄せられたことをきっかけに、新たな進路を模索。日本のプロ野球ではなく、海の向こうを選んだ理由とは。決断に至るまでの経緯と、世界最高峰の舞台に懸ける思いを聞いた。(取材・文:灰原万由)
プロフィール:広池浩成
広島県出身。慶應義塾高を経て、慶應義塾大に進学した。大学では最速150キロ超の直球を武器に、主力投手へと成長。4年時には国内外の球団から注目を集め、大学卒業後はNPBを経由せず米球界へ挑戦することを決断した。
「とにかく成長したい」NPBを経由せず米球界を選んだ理由
大学卒業後の進路を模索する中で、広池が目を向けたのは海の向こうだった。
「とにかく成長したいという思いが強かったです」
世界最高峰の舞台への憧れに加え、投手としてさらなる高みを目指す思いが、海を渡る決断を後押しした。進路を考える中で米球界の育成環境についても調べ、体づくりや科学的な分析を取り入れた選手育成に目を向けた。
「『ここなら大きく成長できるな』という強い確信があったことが一番大きいです」
米球界への思いは揺るがず、今秋のドラフト会議を前に、自身に関心を寄せていたNPB球団に対しても進路を明確にしていた。「『自分としてはこういう気持ちです』ということは、先月に大学を通じてお伝えさせていただきました」と、海外挑戦の意思を伝えていたことを明かした。
「あそこは本当に最高だ」米球界への印象を変えた友人たちの言葉
[caption id="attachment_297612" align="alignnone" width="1200"] 慶應大・広池浩成【写真:産経新聞社】[/caption]
ただ、大学生活の当初から海外を目指していたわけではない。転機となったのは、春季リーグ戦の開幕を控えたオープン戦だった。複数のMLB球団が視察に訪れたことで、思い描いていなかった進路が浮かび上がった。「正直、今年が始まるまではMLBという選択肢は自分の中になかったです」と、当時は海を渡る未来を想像していなかった。自身に関心を寄せるMLB球団の存在を知り、将来について考える中で「そんな選択肢もあるんだ」と、可能性を広げていった。
新たな道が見え始めると、すぐさま自ら情報収集を始めた。参考にしたのは、メジャーリーグで活躍する日本人選手の著書や、米国でプレーする友人らの話だった。
「アメリカで大学野球をやっている友人たちが何人かいるので、たくさん話を聞きました」
現地の大学で野球に取り組む友人の同級生には、MLBドラフトで指名された選手もいる。友人を通じて、実際に米球界へ進んだ選手たちのレベルや競争環境について理解を深めていった。なかでも、日本から見たマイナーリーグの印象と、現地でプレーする選手たちの受け止め方には大きな違いがあった。
マイナーリーグと聞けば、過酷な生活環境や厳しい競争を思い浮かべる人も少なくない。広池も当初は同様のイメージを抱いていたが、友人たちから聞こえてきたのは意外な言葉だった。
「彼らに聞くと、『あそこは本当に最高だ』と。もちろん本当にドライだし、レベルも高くて厳しい。そこに変わりはないけど、あんなに素晴らしい舞台で野球ができることほど幸せなことはないと、みんな口を揃えて言うんです」
厳しい競争の中にも野球に打ち込める魅力があることを知り、広池の受け止め方も変わっていった。
もちろん、華やかな一面ばかりではない。結果を残せなければ生き残れない、より厳しい実力主義の世界が待ち受けている。それでも、「そこにいる全員に向上心があって、チャレンジング」と、友人たちから伝わってきた選手たちの姿勢に強く惹かれた。
生活面の苦労以上に、競争の中で結果を求められる厳しさがあることも理解している。「凄まじく厳しいと何度も言われました。それも分かった上で挑戦するので、すごくワクワクしますし、できると思っています」と、過酷な環境に身を置くことさえも、成長につながる機会として前向きに捉えている。
米球界の厳しさを理解した上で、それでも挑戦する意思は揺るがなかった。
[caption id="attachment_297613" align="alignnone" width="1200"] 慶應大・広池浩成【写真:産経新聞社】[/caption]
父は西武の球団本部長…「独断で決めた」海外挑戦への決意
春季リーグ戦の期間中には、米球界への挑戦を決め、堀井哲也監督にも意思を伝えた。NPBや社会人野球の関係者との面談についても、「完全に決めたと監督に伝えてあったので、特にそういうのは何もなく」と、海外挑戦への思いが揺らぐことはなかった。決断を伝えると、監督は「お前がそう決めたんだったら頑張れ」と背中を押してくれた。進路を自分の意思に委ねてくれた恩師に、「本当の意味で、選手の意見を尊重してくれる方はなかなかいないと思います」と感謝を寄せている。
家族も広池の決断を尊重した。父は広島東洋カープで投手としてプレーし、現在は埼玉西武ライオンズの球団本部長を務める広池浩司氏。野球界に身を置く父の立場にも思いを寄せ、「父親は、すごく口の出しにくい立場で難しかったと思います。今回の決断は僕が独断で決めたことでした」と語る。
幼い頃から、何かを選ぶときには自らの意思が大切にされてきた。「自分で決めなさい。自分でやりたいようにしなさい」と、今回も両親は変わらぬ姿勢で背中を押してくれた。
リーグ屈指の奪三振能力と制球力…数字に表れる右腕の可能性
[caption id="attachment_297611" align="alignnone" width="1200"] 慶應大・広池浩成【写真:産経新聞社】[/caption]
米球界への挑戦を決める一方で、広池は米球界で投手の能力を評価する際にも用いられる指標を、大学時代から重視してきた。
なかでも意識していたのが、全打者に占める奪三振の割合から与四球の割合を差し引いた「K-BB%」だ。三振を奪う能力と四球を抑える能力の両方が反映され、投手の実力を評価する指標の一つとして用いられている。
今秋のリーグ戦で、広池のK-BB%は21.0%。東京六大学、東都大学の両リーグで現時点のトップに立っている(10月20日現在)。奪三振能力と制球力を兼ね備えた右腕の持ち味が、数字にも表れている。「そこの指標(K-BB%)にすごく重きを置いて、大学野球をやってきたつもりです」と、投手としての能力を高めることにこだわってきた。
一方で、自身の投球が完成形に達したとは考えていない。今秋のリーグ戦では平均球速が148.5〜149キロに達したものの、「まだ未完成な部分が多い」と、さらなる球速向上を含めた成長の余地を感じている。「もっともっと成長できる場所を探したいなというのが、自分の軸でした」と、米球界でのさらなる飛躍を思い描いている。
「試したいのではなく、成功したい」世界最高峰の舞台で描く未来
海を渡れば、慣れない環境で厳しい競争に身を置くことになる。それでも、広池の中に大きな不安はない。
「何事もやっぱり自分次第。どこにいてもやっぱりそこは変わらない」と、環境が変わっても自らの努力次第で道は開けると信じている。
「挑戦する前から怖がっても仕方がないですし、挑戦する機会があるのであれば、やらない理由はないです。1回きりの人生で掴めるチャンスだったら、全部掴んでやろうっていうのは自分の中にずっとあります」
挑戦するからには、ただ実力を試すだけで終わるつもりはない。「試したいというよりかは、そこで戦う覚悟があります」と、挑戦の先にある成功を強く意識している。「ワンチャンス試したいとかではなく、本当に成功したいと思っています」と、憧れの舞台に立つだけで満足するつもりはない。厳しい競争を勝ち抜き、メジャーリーグで活躍することこそが、広池の目指す未来だ。
海を渡った先にも、具体的な目標を掲げている。まずはメジャー昇格を果たし、シーズンを通して起用される投手になること。さらに、世界最高峰の舞台で圧倒的な成績を残すことを目指している。「すごく長い道のりになることは覚悟しています」と、厳しい競争を勝ち抜いた先にある成功を見据えている。
一方で、どれほどの結果を残せば満足できるのか。広池が例に挙げたのは、ロサンゼルス・ドジャースの山本由伸投手だった。
「(成長したい気持ちは)終わらないですよね。あの山本由伸さんでも打たれることはあるし、どこまで行っても自分の体が持つまで終わらないと思います」
たとえ憧れの舞台で成功を収めたとしても、投手としての成長を追い求める姿勢は変わらない。
また、米球界への挑戦を決めた右腕には、慶大のユニホームでまだ果たしたいことがある。今秋の優勝争いは慶大、明大、立大の3校に絞られ、慶大も早慶戦を残して頂点を狙う。広池自身も防御率でリーグトップに立つが、個人成績については「全く気にしていません」と、関心はチームの勝利に向けられている。大学野球での集大成となる早慶戦を前に、「ただ、優勝したい気持ちは変わらないので、最後の早慶戦は絶対に勝ちたいです」と、最後まで仲間と勝利を追い求める思いは変わらない。
慶大での4年間を締めくくった先には、長年の憧れでもあった世界最高峰の舞台への挑戦が待つ。決して容易ではない道を自ら選んだからこそ、広池が目指す場所は明確だ。「最後はメジャーリーグで圧倒的な成績を残したいです」と、胸に抱く大きな目標へ。さらなる高みを追い求め、右腕の挑戦は海の向こうへと続いて
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