
『Octane』UKスタッフによる愛車レポート。ピーター・ベイカーが1956年ダイムラー・コンクエスト・センチュリーを自分で整備し、いざ初めての丘へ!
【画像】修理の最終段階でリフトに載せられた”オードリー”と、ヒルクライムでの雄姿
仕事の都合や引っ越しもあり、1月末から2月初旬にかけての「ラリー・モンテカルロ・クラシック」が終わって以来、私の1956年ダイムラー・コンクエスト・センチュリーの”オードリー”は、私のいくつかのガレージのうちのひとつで、愛情を注がれることもなく放置されていた。このような状況になったのには、3000マイルに及んだ旅の後に残された、取り掛かるべき作業の長いリストも一因かもしれない。
最優先の3項目は、タイミングがずれた上にオイル漏れがひどいSUキャブレター、動かないダイナモ、そして控えめに言っても穴だらけのエグゾーストだ。それから、ジョン・オ・グローツを出発して間もなく息絶えて壊れてしまった、回転計のケーブルもある。後者については、ダイムラー&ランチェスター・オーナーズ・クラブの素晴らしいパーツ・ヘルプラインのおかげで、簡単に修理することができた。
その間に、私はコンクエスト用のスペアパーツを大量に手に入れていた。中には、なんと運のいいことだ!適合するマニホールドに取り付け済のキャブレターまでもがあったのだ。楽観的になった私は、5月のバンクホリデーの日にプレスコット・スピード・ヒルクライムで開催されるミーティングに、オードリーをエントリーした。急な話だったので、外部のサポートは一切得られなかった。つまり、この私自身が腕まくりをし、自ら手を汚して作業に取り組まざるを得なくなった。
驚いたことに、軽く清掃し、内部のすべての部分がスムーズに動くことを確認すると、その後のキャブレターの交換作業は実にうまくいった。とはいえ、下部の固定ナットをねじ込むのに手こずり、手の甲を2か所ほど怪我して出血した。だが、全体からすれば小さな犠牲だ。そしてさらに驚いたことには、エンジンがスターターを押した一発目で始動した。回転の落ちもなく、燃料の漏れもない。10マイル走行した後にスパークプラグを点検したところ、混合気はほぼ適正だった。つまり、これで全体の作業は完了。充電不足も大した問題ではなかった。結局のところ、十分に充電されたバッテリーがあれば、比較的のんびりしたモータースポーツの一日を過ごすには十分だからだ。これで、残るはエグゾーストの処理だけになった。ハルフォーズ製の速乾性の金属代替材をたっぷり塗ったことで、多少は改善した。しかし、前方の見えない場所には、依然としてひどい排気漏れがあった。
残りあと1日いうタイミングで、親友のマットが私を救いに駆けつけてくれた。リフトに載せると、ダウンパイプに重要なボルトが2本欠けていること分かった。それを交換してみると… ビンゴ!この車は、出発準備万端となった。
2026年5月のバンクホリデーは暑かった。観測史上最も暑い日のひとつとして記憶されることになるはずだ。私にとっては、オードリーを駆ってプレスコットを猛スピードで駆け上がった初めての機会としても記憶に残るだろう。参加者全員に、4回の走行の機会が与えられる。2回が練習走行、その後の2回がタイムアタックだ。私は、71.9秒というハンディキャップタイムをクリアする必要があった。最初のヒルクライムの記録が75.4秒だったので、これは「達成可能」だと思っていた。しかし、そうはいかなかった。暑さが、オードリーにも私にも悪影響を及ぼし、燃料の気化とドライバーの眠気が相まって、タイムは速くなるどころか遅くなってしまった。したがって、新しいマントルピースに飾る賞品は手に入れられなかった。まあ、気にすることはない。すでに再挑戦の計画は立てている。その時は、雨でも降って涼しくなってほしいところだ。
文:Peter Baker