
毎年4月末から5月にかけて、パリ15区のポルト・ド・ヴェルサイユに巨大な祭典が戻ってくる。フォワール・ド・パリ。1904年の創設以来120年以上の歴史を持つフランス最大の総合見本市だ。
【画像】パリ伝統の見本市に、最新EVと内燃機関スポーツカーが共存する(写真33点)
その起源は19世紀末のパリ万博に連なる。当初は農業・工業製品の取引の場として出発したこの催しは、やがてフランス市民の消費生活そのものを映す鏡へと変容していった。家電、インテリア、食品、旅行、そして自動車。—時代ごとにフランスが「欲するもの」と「必要とするもの」が、この会場の10万平方メートルに集まってきた。2026年版には1,250の出展者が集い、12日間で40万人以上の来場者を迎える。モーターショーでも見本市でもなく、「フランスの春の断面図」と呼ぶべき場所だ。
電動化という「現実」がここに集まった
その断面図が近年、ひとつの変化を映し出している。自動車コーナーだ。
会場入口を抜けた来場者を最初に出迎えたのは、BYDの特設ステージだった。「新エネルギー車世界No.1」を掲げるバナーの前に、BYD SEAL U DM-iとATTO 2 DM-iが並んでいた。注目すべきはその仕様だ。いずれもBYD独自のプラグインハイブリッドシステム「DM-i」搭載モデルである。
純電動車専業として出発したBYDがハイブリッドを欧州戦略の主軸に据えてきた。この転換は示唆に富んでいる。欧州各国で新エネルギー車補助金の縮小や純EV販売の伸び悩みが顕在化するなか、ドイツをはじめ内燃機関規制の見直し論が再燃している。BYDのDM-i戦略はその潮流を先読みしたものであり、電動車専業メーカーが内燃機関を自社開発・搭載するという、既存自動車メーカーとは逆方向の進化として際立っている。ブース内に展示されたDM-iパワートレインのカットモデルは、その技術的自信の表明でもあった。
BYD以外にも、吉利汽車(ジーリー)とリープモーター(零跑汽車)がブースを構えていた。2年前のパリモーターショーには、EU市場参入を目指す中国の新興EVメーカーが星の数ほど姿を現した。しかしEUの厳格な安全・排気基準、さらには中国製EVへの追加関税という壁が、その多くを篩(ふるい)にかけた。吉利はボルボ・グループとの技術的蓄積を持ち、リープモーターはステランティスとの提携で欧州販売網を確保した。フォワール・ド・パリに残った中国メーカーは、真面目に車を作り続けてきた結果としてここにいる。
ルノーブースでは、1992年生まれの国民車トゥインゴが純電動モデルとして再出発した姿と、2024年に復活を果たしたルノー5 E-Tech Electricが並んでいた。フランス自動車産業の電動化が、スローガンではなく現実の商品として来場者の前に置かれている。ルノーはさらに新車と並べて認定中古車プログラム「Renew」を展開し、EVの価格障壁を中古市場から崩す戦略を見せていた。
そのすべてと対照的な空間が、会場の一角に存在した。中古車ディーラー「Motor Sens」のスーパーカーコーナーだ。ランボルギーニ・ウラカン STO、マクラーレン765LT スパイダー、アストンマーティン ヴァンテージ、フェラーリ488 GTB、ポルシェ911スピードスター。いずれも純粋な内燃機関スポーツカーが、ネオンサインの照明を浴びてショッピングバッグを手にした来場者と同じ屋根の下に収まっていた。488 GTBのサイドビューを収めた一枚には、その背後にダチア、ルノー、BYD、吉利のフラッグが映り込んでいた。2030年の内燃機関新車販売禁止目標へ歩を進めるパリにあって、それでも赤いミドシップは来場者の視線を独占し続けていた。
変わらぬもの
自動車フロアから出ると空気が一変する。
ヴィラージュ・デ・レジョンには、フランス各地のテロワールが集結していた。ジュラのコンテチーズとアンリ・メールのヴァン・ジョーヌ、リヨンのソシソン、サヴォワの山岳生産者「Au Chamois Gourmand」のシェーヴルやセルフのサヴロン、バスクの生産者Etxe Peioの試食、ハブーゴのイベリコ原木、ボーヌのネゴシアン・エドガール・デスプロのコルトン・グラン・クリュ。そしてラム・リキュールとベルギービールのバーカウンター。
「うちは小さな生産者だから、日本にはまだ届いていないよ」と笑ったブルゴーニュの当主の言葉が、フォワール・ド・パリのもうひとつの本質を言い当てていた。パリに暮らし、こうした場所を歩くことでしか出会えない生産者と食がある。
電動化の波が自動車産業を根底から変えようとしている2026年の春、フォワール・ド・パリは変化と不変を同じ屋根の下に収めていた。BYDのDJブースとコンテチーズの試食が隣り合うこの空間こそ、120年間変わらぬこの祭典の正体である。
写真・文:櫻井朋成 Photography and Words: Tomonari SAKURAI