3月10日、日本の海事産業の振興を目的に、研究調査や産官学連携を行う公益財団法人 日本海事センターは、第37回海事立国フォーラムを東京都千代田区の海運ビルで開催した。
今回のフォーラムでは、基調講演のほかに4つの講演やパネルディスカッションを実施。今後の海事産業の再興のために策定している提言の内容や、提言の実現や海事産業の競争力強化のための取り組みの方針などが紹介された。
開会挨拶には、公益財団法人 日本海事センター会長の宿利 正史氏が登壇。昨今の海運情勢の厳しさや、海事人材の不足の深刻化にふれ、産官学の代表者30名からなる「海事産業委員会」で議論を重ねて作られた「日本の海事産業の再興に向けた提言」を踏まえ、本フォーラムで海事産業の再興について考えたいと述べた。
来賓挨拶を務めた国土交通事務次官の水嶋 智氏も、再興のために、メーカーや企業の株主も含め、海事産業の関係者が協働し、対外的な情報発信力を強めていく重要性に言及。
本稿では、フォーラムで発表された内容をまとめてレポートする。
基調講演「日本の海事産業の再興に向けた提言」について
基調講演を務めたのは、日本海事センター海事産業委員会委員長・早稲田大学法学学術院教授の河野 真理子氏。
海事産業委員会は、この分野の主要産業である外航海運、内航海運、造船業、舶用工業の四部門や他の海事産業の専門家、および国土交通省の担当官で構成。委員会の設立の背景や、日本の海事産業の現状と課題についての説明がなされた。
はじめに河野氏は委員会設立の背景として、日本の海事産業は古くから地方の経済活動の基盤を形成してきたが、国の経済規模の停滞や国際競争の激化により、深刻な問題を抱えるようになっていると指摘。特に国家の支援が厚い国の生産力が急激に伸びたことにより、日本企業の国際競争力が低下していると述べた。
また、気候変動の問題については、「コスト増大の要因にはなるものの、新たな技術の開発を要請するもので、日本の海事産業にとって技術開発による国際競争力獲得のチャンスになるとも言える」と言及。第2次トランプ政権の発足といった時事性も踏まえ、委員会での議論の重要性が増していると話した。
日本の海事産業の現状やリスクでは、まず国際競争力について解説。国際競争力の低下が、日本の商船隊の輸送量の世界的シェアや、商船建造量のシェアの低下につながっていると指摘した。
海事産業が重要なカギとなる経済安全保障については、現状のほか、今後の影響・リスクに言及。スエズ運河の通行自粛やイランへの攻撃に伴うホルムズ海峡の事実上封鎖による海上輸送路(シーレーン)確保への懸念の増大といった事項を挙げている。
気候変動問題への対応では、GHG(温室効果ガス)規制の強化をはじめとして「多様な船舶関連の環境条約の規制が適用されるようになっており、これらの条約に適切に対応することも不可欠になっている」と河野氏。
特に外航海運ではEUが世界に先駆けた規制を始めているものの、国際的な統一ルールの欠如によって地域規制の乱立が生じる恐れや、状況が不透明なためにゼロエミッション船の投入が遅れる可能性があることなどを指摘した。
さらに地方創生の観点においても、海事産業の再興が重要な意味を持つと言及。リスクとして人口減少に伴う各分野での人材確保の難しさを挙げ、地域からの若年層の人口流出や、技術継承の断絶の懸念などについて話した。
現状とリスクに関しては、主要な4つの産業(外航海運・内航海運・造船業・舶用工業)についても個別に解説。外航海運では8つ、内航海運では5つ、造船業では8つ、舶用工業では5つ、それぞれの課題が共有された。
課題として、外航海運では優秀な日本人船員の確保・育成や、他国とのイコールフッティング(条件の均等化)のための海運税制の改善、内航海運では根本的な基盤としての適正な対価の収受や取引環境の改善に向けたアプローチの強化などがあると河野氏。
造船業では概ね十分な仕事量を確保できているとしながらも、日本船主の中国への発注依存度の増大などを踏まえて、省人化や効率化による建造体制の設備や人材確保の重要性を説いた。
舶用工業では、国内造船所向けの出荷が漸減している一方で輸出向けの出荷の漸増は注目に値するとしつつ、製造設備の老朽化や事業所数の減少などを現状として提示。次世代船舶機器のトップシェアの確保や、デジタル化の推進が鍵であると話した。
現状と課題への言及の最後には、海事産業の重要性について社会の認識が不足している点も指摘。「海事産業の重要性について、国民、そして社会全体に対する広報を強化することが重要であり、海事産業にかかわる人々が協力してそのための努力をしていかなければならない」と語っている。
最後のパートとして、これらの現状や課題に基づいて策定が進められている「日本の海事産業の再興に向けた提言」の内容を説明。提言は「短期(3〜5年程度)」「中期(10年程度)」「長期(10年以上)」の時間軸で整理されており、32点と多数にわたる。そのためフォーラムでは全体の概要として、総論の8つのポイントと、4つの主要産業それぞれのポイントに絞って言及された。
総論に関しては「第一に、本提言では民間事業者、国あるいは政府、地方公共団体のそれぞれが果たすべき役割と関係者の協働に関する提言とともに、海事産業の地方創生への貢献を指摘している。」と説明。
民間事業者には、生産体制の抜本的な刷新や新分野への対応のための連携が、国または政府には支援制度の充実や海事産業強化法の見直しが、地方公共団体等には海事産業の支援や人材確保の取り組みの強化などが求められるとした。
2つ目のポイント以降では、人材確保・育成のための関係者間での協力やそのための広報の重要性、航行の自由と安全の確保などにも言及。環境対応や海洋産業の振興、海洋産業の強靭化による地方創生や海外との連携についても提言に含まれている内容を紹介した。
続く主要海事産業のポイントでは、外航海運について海運税制が中心を占める国際競争におけるイコールフッティングの実現や、船舶保有制度の見直しについてコメント。内航海運では設計の標準化の実現に向けての努力や、業としての内航海運の体質強化などにふれた。
造船では、競合国との競争条件の改善と対策強化の手法として、支援制度のほか、資機材の調達や労務費のコストの低減のための施策の必要性を提唱。さらに、設計人材の連携や現場人材の充実についても述べている。
舶用工業では生産基盤の強化のために老朽設備の更新やデジタル化による生産性の向上、人材確保を目的とした広報活動やDX・AI人材の確保と育成強化を列挙。そして、これらの施策のためには民間企業と政府が連携する必要があると述べた。
最後に河野氏は、個別の努力や経済関係も尊重されなければいけないとしつつも、「海事産業の日本社会における重要性を改めて具体的に認識し、その再興のために国際競争力を強化する際、日本の中での協業が成長の鍵になるように思う。」と提唱。
「この提言が日本の海事産業の再興に資することと、今後の海事産業全体の協業の基礎となり、一層の繁栄をもたらすことを願っている。」と話し、基調講演を終えた。
提言の実現に向けた国土交通省の取り組み
続いて4つの講演が行われ、「提言の実現に向けた国土交通省の取り組み」は、公務の都合で来場がかなわなかった国土交通省 海事局長の新垣 慶太氏の代理として、国土交通省大臣 官房審議官(危機管理、海事局、港湾局担当)の足立 基成氏が担当した。
造船能力の低下が国力の低下につながることから、造船業の再生が重要であるとし、造船業再生に向けた2034年までのロードマップや、そのマップに基づいて2035年までに官民で1兆円規模の投資実現を目指すとした「官民投資1兆円」のフレームを紹介。港湾ロジスティクスの強化のための取り組みやゼロエミッション船に関する現在の支援や実証の実施状況、次世代船舶の受注拡大に向けた課題についてもふれた。
『提言』実現に向けた我が国外航海運業界からの期待~次世代に我が国海事産業群を引き継ぐために~
講師を務めたのは、一般社団法人 日本船主協会 会長の長澤 仁志氏。外航海運の役割と現状として、海運が経済活動や国民生活を支えているほか、日本の経済安全保障や、日本企業の海外での活動にも貢献していると説明。
そのうえで外航海運が直面する課題として、日本商船隊の輸送シェアの低下や日本船主の国際シェアの低下などを挙げ、導入から15年以上経ったトン数標準税制の導入後の環境変化や改善の必要性にも言及。外航日本人船員が約2,000人程度まで減少していることや海運の低認知度も、人材確保・育成の必要性として挙げている。
最後に提言については、厳しい国際競争を個別の自助努力だけで勝ち抜いていくのには限界があることから、提言で言及された課題が海事産業群内外や官民連携で改善されることを期待していると述べた。
造船業再生強化 ~建造能力倍増に向けて~
登壇したのは、一般社団法人 日本造船工業会 会長の檜垣 幸人氏。島国である日本の造船業では、質の高い船舶の安定供給が使命である一方、設備の分散や老朽化、中韓と比べて造船規模の小ささや公的支援の不足といった課題があると言及。造船業再生に向けて政府が掲げているロードマップや、2035年に建造能力を1,800万総トンにする目標を紹介した。
実際の建造能力倍増に向けた取り組みとしての支援を活用した投資による設備の増強や人材確保、省人化・生産性向上に関する事項のほか、次世代船舶の開発・建造に向けた取り組みについても説明。造船業の再生強化に向けて、 2035年の建造能力倍増と日本造船業のプレゼンス向上を実現し、海事産業群としての成長を図る強い覚悟を述べた。
持続可能な内航輸送のために~海事産業委員会提言への期待~
最後の講演を務めたのは、日本内航海運組合総連合会 会長の栗林宏𠮷氏。内航海運の社会的使命と現状について、国内貨物輸送量の約4割(トンキロベース)を占める内航海運を日本の産業・国民生活を支える大動脈であると説明。そのうえで、船や人の維持・確保が危機にさらされていると述べている。
提言で示された設計の標準化については、推進のために政府が司令塔として十分な支援策を打ち出すことや、法律面等のクリアのための海事局での複数部署の連携の必要性、標準化が内航海運にもたらすメリットなどを説明。また、労働環境改善といった人材確保のためのアクションや、「海事産業の再興に向けた提言」への期待として政府による後押しや、海事産業群の維持の重要性の理解促進などを紹介。
今回の提言を羅針盤として海事産業群が総力を挙げ、その構成員としてこの重要な産業を次世代に引き継いでいきたいとの決意で締めくくられた。
パネルディスカッション
フォーラムの最後には、パネルディスカッションを実施。講演者4名に加えて、日本海事センター海事産業委員会委員・神戸大学大学院准教授の石黒 一彦氏がパネリストとして参加。モデレーターは河野氏が担当し、講演を務めた各氏による個人的意見も含めた講演内容の詳しい説明や、石黒氏による質問が行われた。また、長澤氏と檜垣氏によるエールの交換も実施されている。
閉会挨拶は、公益財団法人 日本海事センター理事長の平垣内 久隆氏が担当。産官学の連携や海事産業(造船・舶用工業・内航・外航・港湾)のセクターの協働が重要であるとし、連携の際の事務局的な役割を海事センターが果たしていく、と締めくくった。





















